それは商売に使命感がないからや。宗教には人間を救うという大きな使命感がある。
それや、それなんやと思った。それでは商売するものの使命はなにか。物によって、人々を救うことや。貧をなくすことや、この世から貧をなくすことがわしらの使命なんや。そこで悟ったんやな、わしなりに。そしてこれがわしの経営を進める基本の考え方になった。そういうことがあって、わしは自分の事業を一段と力強く進めることができるようになったんや。
まあ、いろいろ悩み考え抜いて、ようやく基本の考え方を作り出したんやな。難しいわね、方針を作るということは。なかなか出てこんわ。けど具体的な目標をたてる時も最終目標を明示する時も、同じように考え抜かんとね。そりゃあ、きみ、それによって大勢の従業員諸君の命運がかかっておるんや。だから経営者が、いわば命がけで考えんと。確かに難しいけどな、けど方針を決めんと経営はどうにも力強くやっていけんわけや。
真理をとらえる力量を養う
もう一杯、お茶をもらおうか。あの池の水な、疎水から流れこんできておるけど、絶えることなく注ぎ込んできて、気持ちがええなあ。ここを訪ねて来るお客さんたちは、この水が琵琶湖から流れてきているとは思いもよらんやろうな。明治の16年ころだったかな、この琵琶湖の疎水を作り始めたんは。それから5年間かかって、全部の長さは9キロぐらいはあるそうやな。若い技師が造ったんやな。23歳ぐらいか。偉いもんやな。
明治維新の時の志士たちも、大抵が若い人たちばかりやろ。きみも若いから、えっ? まぁ、構わへん。若いということにしておこ。世の中変えるようなことも、その気になればできるよ。それにしても水というのは、なんかやわらかい感じがして実にええなあ。
この池の水はな、いまは結構使用料が高くなってるけど、きみも覚えていると思うが、以前は相当に安かったんや。それでな、十数年前、関係会社の若い責任者がきたときに、あの池のところでわしがその人に「あんた、この水はきれいやろ。それにどんどん流れこんでくるけど、この使用料は安いんや」と言ったことがあるそうや。わしは覚えておらんけど。ハハハ。そしたらその人がわしのその話を聞いて「ああ、そうか。いい物を、安く、たくさん生産するように、ということを自分に言って聞かせてくれているんだ」と、そう思ったそうや。その時、わしははたしてそういうことを考えて言ったかどうか、まったく覚えておらんが、わしのその話を聞いて、そう理解したそうや。けど、そう考えたとするならば、その人は偉い人やと思うな。わしはなにげなくそう言ったのかもしれん、意味もなくそう言ったのかもしれんが、それをそういうふうにとらえた。なかなか偉い人や。
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