一流の経営者ほど松下幸之助に惹かれる理由

孫正義も憧れる名経営者の言葉は色褪せない

1964年に撮影された松下幸之助。日本の高度経済成長期の代表的な経営者だった

「実は私、松下政経塾を受けようと思ったことがあったのです」

ソフトバンクグループ社長の孫正義氏は、かつての側近である嶋聡・前ソフトバンク社長室長に、このように打ち明けたことがある。

40年近く前、米国に留学していた孫氏は、松下政経塾が開塾されるという情報を耳にして、日本から入塾資料を取り寄せた。「二股ソケットを発明した松下幸之助も自分も同じ人間。幸之助にできて私にできないわけがない。私は発明にかける」と一念発起、「音声付き電子翻訳機」を試作した時期だった。

幸之助のテープを摩りきれるほど……

週刊東洋経済9月3日号(8月29日発売)。画像をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

ただ孫氏は最終的に、松下政経塾への入塾をあきらめた。その理由について嶋氏に孫氏が語るには「政経塾は全寮制で当時は結婚しているとダメだったから」という。当時は結婚したばかりだった。

もっとも実際は昔も今も、妻帯者でも入塾可能だ。断念した真意は明らかではない。一刻も早く起業したくて取りやめた可能性もある。

ただ、幸之助の経営思想への強い関心は捨てなかった。1981年、博多の雑居ビルで起業した孫氏は売掛金の回収を自ら行っていた。その道すがら、車中でかけていたのが幸之助の談話を収録したカセットテープの「経営百話」だった。孫氏は日々の稼業に埋没してしまわないように、テープが擦り切れるまで車を運転しながら毎日聞いたという。

こうして幸之助の考え方が染み付いたからだろうか。孫氏の発言は、松下幸之助にそっくりだとしばしば指摘される。

孫正義氏にとって松下幸之助は憧れの存在なのだろう(撮影:風間 仁一郎)

たとえば松下幸之助は「25年を1区切りとして、それを10回、250年続く経営を目指す」という名言をのこしたが、孫氏は「30年を1区切りとして300年続く会社を目指す」と発言している。

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