一流の経営者ほど松下幸之助に惹かれる理由 孫正義も憧れる名経営者の言葉は色褪せない

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今年7月に英半導体設計会社 ARMホールディングス買収を発表した際、孫氏は「将来から逆算して買収に踏み切った」と発言している。この発言は「経営というものは5年先、 10年先を常に考えなくてはいけない。そこから今、何をすべきかを考えるのが経営者の役割である」という、孫氏が好きな幸之助語録の一節と似かよっている。週刊東洋経済は9月3日号(8月29日発売)で『不滅のリーダー 松下幸之助』を特集。そんな松下幸之助の人生哲学と評伝を52ページにわたって取り上げている。

没後27年たっても毎年10万部の『道をひらく』

孫氏だけではない。日本を代表する企業家の間で幸之助は今も根強い人気がある。

たとえばファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏は、人生でもっとも大きな影響を受けた人物として松下幸之助とピーター・ドラッカーの2人を挙げている。松下幸之助の著書をほぼすべて読んだと公言し、近著でも幸之助が提唱した「無税国家論」についての論評に最終章を割いた。

エイチ・アイ・エス創業者の澤田秀雄氏も、松下幸之助の『人を活かす経営』を愛読書に掲げる。幸之助の教えを愛するがゆえに、松下政経塾の評議員を一時つとめ、幸之助の薫陶を直接受けたパナソニックの元副社長をエイチ・アイ・エスの社外取締役に招聘した。

1989年に幸之助が没してから27年たつが、いまだに著書は売れ続けている。その代表作『道をひらく』は、1968年の初版以来、着実に発行部数を伸ばしてきた。2002年に400万部、13年に500万部、15年5月に520万部を突破。9月にも増刷が予定される驚異のロングセラーとなっている。

これほど長期にわたって、年間10万部のペースで売れ続ける本は『道をひらく』を除いてない。このペースでいけば580万部の『窓ぎわのトットちゃん』を抜き、首位になる日もありえる。幸之助は、戦後の日本における元祖カリスマ経営者であると同時に、戦後最も多くのビジネス書を売ったベストセラー作家といえるのだ。

彼の説く話は、人生と仕事に関する基本的なルールが中心である。「行き詰まったら自分より世間が正しいと考える」「チャンスを引き寄せるには腐らず働く」――。このような言葉は一見シンプルだ。しかし、第一線で活躍する多くのリーダーたちが、こうした言葉に気づきを得て、仕事への向き合い方を変えたと本誌特集内で証言している。

従来、中高年の男性が中心読者だったが、最近では女性の幸之助読者も増えている。こうした新しい読者層は、幸之助が何をしたのかをよくは知らない。ただ純粋に言葉の良さに引かれ、自己啓発書の延長として読んでいるという。

日本の家電産業は衰退したが、幸之助の言葉は決して色あせていない。年齢や性別、地位にかかわらず、人生をよりよく生きる上で忘れがちな、しかしけっして忘れてはいけない言葉が、詰まっているのだ。

西澤 佑介 東洋経済 記者

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にしざわ ゆうすけ / Yusuke Nishizawa

1981年生まれ。2006年大阪大学大学院経済学研究科卒、東洋経済新報社入社。自動車、電機、商社、不動産などの業界担当記者、19年10月『会社四季報 業界地図』編集長、22年10月より『週刊東洋経済』副編集長

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