「国語力」を磨けば、日本の理系は世界で勝てる 「舌先三寸」のアメリカ人に負けて気づいたこと

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国語力を高めるための、慶応での小さな試み

昨年4月、僕は慶応義塾大学に助教として着任した。6年半ぶりの日本だった。そしてそこには、6年半前の僕と同じような理系学生が大勢いた。つまり、世界トップレベルの数理的能力を持っているにもかかわらず、国語力、すなわち話したり書いたりする能力に乏しく、その重要性にも気づいていない学生たちだ。

僕はこう思った。平均的な数理的能力の高さにおいて日本の理系学生の右に出る者はいない。ならば、欧米人と対等にやり合える国語力さえ身に付けさせれば、世界をリードできる人材を多く輩出できるぞ、と。

とはいえ変革は容易ではない。学費を400万円取ってライティングセンターを作り、専門の教員や職員を雇うなどは日本の大学では困難だ。それに、僕のような若手の新任教員が、いきなり大学の仕組みを根元から覆すような変革を声高に叫んだところで単なる笑いの種だろう。自分にもできる小さなことから始めねばならない。

そこで僕はこの春休みに、「理系のための読書ゼミ」という企画を学内で個人的に開催した。毎週1冊づつ、計4冊の「理系的」ではない本を理系学生に読ませ、書評を書かせる。そして毎週みんなで集まって、その本の内容についてディスカッションするのだ。読む、書く、話す、という「国語力」を構成する3つの要素の訓練を毎週繰り返すという仕組みだ。

課題図書は、僕の愛読書から以下の4冊を選んだ。

第1週はダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』。

第2週はデール・カーネギー『人を動かす』。

第3週は司馬遼太郎『国盗り物語』。

第4週は谷崎潤一郎『春琴抄』。

この企画に29名の応募があり、そのうち18名を選考で選んだ。学外からも多くの応募があり、北海道から飛んできたツワモノまでいた。また、理工学部の図書館もスペースの提供などで協力してくれた。

参加した学生は皆、とても熱心だった。普段は微分方程式を解き、試験管を振り、コンピュータをプログラムしている学生が、『アルジャーノンに花束を』を読んで愛について語り、『人を動かす』を読んで心について語り、『国盗り物語』を読んで夢について語り、『春琴抄』を読んで美について語った。

僕はまもなく慶応を退職するのだが、学生たちは来年度以降も自主的に集まって読書ゼミを継続するという。また、多くの先生たちの賛同を得、2人の先生がゼミに飛び入り参加してくれた。

もちろん僕は、この小さな企画ひとつだけで日本の教育の変革に寄与したなどと大それたことを言うつもりはない。しかし、理系の人間にとって国語力が大切なのだという意識を、少なからざる人と共有できた点においては意味があったと思う。

「沈黙は金」という日本の価値観は美しく、誇るべきものだと思う。一方で、日本の研究者や技術者が持つ数理的能力や手先の器用さもまた、世界に胸を張って誇れるものだ。だからこそ、それを言葉で表現し他人に伝える国語力さえ持ち合わせれば鬼に金棒だと思う。

では、いかにすれば話し、書く能力を高めることができるのか。MITで試行錯誤を繰り返し見つけた僕なりの答えを、次回の記事でお話しようと思う。

※ セミナーのお知らせ

当連載の筆者である小野雅裕氏のセミナーを、4月22日(月)の19時より六本木のアカデミーヒルズで開催いたします。ぜひ皆様、奮ってお申し込みください。詳細はこちら

小野 雅裕 NASAジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)技術者

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おの まさひろ

1982年大阪府生まれ。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程修了。2012年より慶應義塾大学理工学部助教。2013年より現職。火星ローバー・パーサヴィアランスの自動運転ソフトウェアの開発や地上管制に携わるほか、将来の宇宙探査機の自律化に向けたさまざまな研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。

ブログ: onomasahiro.net/
Twitter: @masahiro_ono

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