松下幸之助は「経営者は人柄」と考えていた これからの経営者にとって大事なこと

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自分にはできない、たいへんだというならば、みずから経営者を辞退すべきなのである。そうでなければ、茶番につきあわされる下の者が迷惑をする。

ところで、PHP研究所の経営を任されたのは、私が36歳のときであった。松下が書いた『崩れゆく日本をどう救うか』が65万部も売れ、ある賞の授賞式が東京であった。私も一緒に出席し、大阪へ帰ってきた夜である。家に電話があり「きみにPHPの経営をやってほしい」と言われた。

みかんを食べながら・・・

その晩は眠ることができなかった。秘書の仕事には携わっていたものの、急にそのようなことを言われても、営業も経理も本格的にやったことがない。ましてや経営など……。

そこで翌日、松下が京都の宿舎にしていた南禅寺近くの楓庵に、断るために出向いた。私が「できそうもありません」と頭を下げると、松下は、「ああ、そうかそうか、むつかしいか。それはしょうがないな」と気軽な口調で言った。私は、よかった助かったと思いながら、松下と同じコタツに入った。そしていつものように雑談が始まった。

「きみ、みかん食べろよ」と松下が言う。そのころは土日も含めてほとんど毎日会っていたから、これといって改まったことを話すわけでもなく、雑談が続いた。するとなにかの拍子に、松下がふたたび言った。「ま、きみ、いっぺんやってみろや」。

「はい」と思わず返事をしてしまった。みかんを食べながら、PHPに入るときの面接と同じように、ふっと返事をしてしまっていた。そのとき松下は、満足そうに頷くと、おだやかに、しかし確認するような口調で次のように言った。

「きみ、これからはな、冷静に物事を考えてな、それからそっと情をつけや」

この言葉は、今も私が経営を行う上での一つの指針となっている。体験を経るにつれてわかってきたことだが、冷静にというのは、何ものにもとらわれず、素直に考えて判断するということである。しかし、素直に冷静に考えるということは、必ずしも温かい判断になるとは限らない。

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