日本でMITが紹介されるとき、数字を引き合いに出して語られることが多い。78名のノーベル賞受賞者を輩出。世界大学ランキング1位。年間6億ドルの研究費。企業精神に富んでいて、卒業生たちが創立した2万5600社の企業は世界で330万人の雇用と年約2兆ドルの売り上げを生み、これはカナダのGDPに匹敵する、などなど。
そしてこれらの成功の理由として語られるのが、競争的な環境であるとか、授業の厳しさ、学生の熱心さ、そんなところか。何だかMITがスパルタの兵営のように聞こえてくるが、これはMITのほんの一面しかとらえていない。卒業生の目から見て、真のMITらしさ、そしてMITを長年にわたり世界トップの研究教育機関たらしめている真の理由は、他にあると思う。
それは、「遊び心」だ。
MIT生のスケールの大きいイタズラ
MITの遊び心を代表するのが「ハック」という文化である。ハックという語は日本ではもっぱらITを用いた反社会的な行為を指すが、MITにおいては、人畜無害でユーモアにあふれる粋なイタズラを指す。そのイタズラの一番の標的が、「グレート・ドーム」と呼ばれる、学校のシンボルとなっている建物だ。ローマのパンテオンのような半球状の屋根を持ち、その高さは40メートルほどあるだろうか。
1994年のある朝、そのドームのてっぺんに、突然パトカーが置かれていた。あまりにも突拍子のない出来事に、野次馬の学生や教員はもちろん、マスコミも大勢集まり、揚げ句の果てには取材ヘリコプターも飛んできた。実はこのパトカー、本物ではなく精巧に作られた実物大模型で、学生たちが夜に屋根にこっそり登って組み立てたのだ。
スケールが大きいだけではなく芸も細かい。パトカーのパトライトがちゃんと点滅した。車内には警察の制服を着たマネキン人形が置かれていた。怠け者の警官だったようで、手にはドーナツの箱を持っていたそうだ。車体番号がπ(円周率)だったのがいかにもMITらしい。このパトカーはその日のうちに撤去され、現在はMITの32号館で展示されている。
それ以降、グレート・ドームのてっぺんにはさまざまなものが置かれた。2003年のライト兄弟初飛行100周年の日には飛行機が。06年の9.11テロ5周年の日には消防車が。そして2009年のアポロ月着陸40周年にはアポロの月着陸船が。ほかにもさまざまなユーモアのあるハックが毎月のように企てられている。MITのハック公式ページに写真つきで公開されているのでご覧になられたい。
MITの屋上は全て施錠されており立ち入り禁止だ。だから細かいことを言えばハックは法律や校則の1つや2つを破っているのだろうが、大学側は至って寛容で、いちいち目くじらを立てて犯人探しなどしない。屋根に何かが載せられるたびにそれを解体し撤去するのは施設課の人たちだが、彼らも好意的だ。
ハッカーたちも彼らなりの「マナー」を心得ていて、屋根に物を載せる際、その解体方法を書いた丁寧な手紙を施設課に送るのが決まりになっている。この手紙にもユーモアがあり、たとえば月着陸船のハックの時の手紙の差出人は、アポロ11号で月を歩いた宇宙飛行士である、バズ・オルドリンになっていた。ちなみにオルドリンはMITの卒業生である。
この遊び心こそがMITのクリエイティビティーの源泉であると僕は思うのだ。
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