キティちゃんの名参謀は、異端のエリート 新世代リーダー 鳩山玲人 サンリオ取締役
一度熱中したら、徹底的にやるのが鳩山流だ。根気では誰にも負けない自信がある。マーケティングの道に進むことを決め、就職活動では、見事にプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のマーケティング職の内定を勝ち取った。新卒採用は1年に一人という極めて狭き門だった。
鳩山は他にも、三菱商事など日本の大手企業で多数内定をとっていたが、P&Gでキャリアを始めようと決めていた。しかし、鳩山の前に母が立ちはだかった。
「絶対に三菱商事に行って」――それが母の言葉だった。
「父が三井物産の商社マンだったので、長男の僕にも父と同じ道を歩んでほしいと願っていたんだと思いますね。父が早く亡くなりましたので」
父亡き後、苦労して自分を育ててくれた母親の願いを断ることはできなかった。泣く泣くマーケターとしての進路は断念し、三菱商事に就職することになる。ここで三菱商事を選んだことが、後のサンリオとの出会いにつながっていく。
三菱商事に、長髪、Tシャツで出社
三菱商事への入社早々、鳩山はある役員の怒りを買うことになる。それも無理はない。長髪にTシャツという格好で出社したからだ。その後、髪型と服装を巡って一悶着あったが、最終的には自分のスタイルを受け入れてもらった。
「僕は無難なことをするのを受け入れないところがある。自分のスタイルは崩せないんですよ。人と違うほうにありたいと、芯のところで常に追い求めているところはありますね」
三菱商事では、エイベックス、ローソンとの案件などメディア・コンテンツビジネスを中心に経験。04年に三菱商事とサンリオの提携を担当したのが、サンリオとの最初の出会いだった。
そして06年には、ハーバードビジネススクールへ留学することになる。ハーバードは鳩山にとってゆかりのある場所だ。父親がハーバードロースクールに留学していた関係で、幼稚園時代の2年間をハーバードで過ごしている。また恩師の石倉は、日本人女性として初めてハーバードビジネススクールで博士号を取った人物だ。
ハーバードでは、マーケティング分野の著名教授であるヤンミ・ムンの指導を仰ぎつつ、サンリオのビジネスを徹底的に研究した。
そして在学中のある日、卒業後の進路について迷っていた鳩山の下に、サンリオの辻邦彦副社長から電話が入る。「米国法人のCOOにならないか」との誘いだった。鳩山は入社を即決。自らの研究テーマを実践するチャンスを逃さなかった。
「人生で重要な選択は、瞬時に決断しないといけないんですよ。あまり考えずに条件反射で(笑)。僕はいつも自分の直観を信じます。意外と直観って間違ってないんですよ」