日銀引受けは円安とインフレの悪循環を招く 「安倍新政権」の真意を問う

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保守思想に矛盾する政策 を保守派が言う不思議

社会が成立するためには、破ってはならないルールがある。たとえば、「気に食わない人は殺してもよい」と認めれば、社会は成立しえない。したがって、いかなる理由があるにせよ、殺人は禁止される。

中央銀行による国債引受けの禁止は、これとあまり変わらぬレベルのルールだ。認めてしまうと、政府は市場から何の掣肘(せいちゅう)も受けずに財政支出を拡大できる。つまり、日銀引受けは、増税なしに政府に無限の財源を与える措置である。これは政府にとって、打ち出の小槌のようなものだ。したがって、憲法が規定する租税法定主義に反する。これを認めるのは、国会の自殺行為だ。

政府にとっての打ち出の小槌はあっても、経済全体としての打ち出の小槌はありえない。政府支出の負担は、インフレによって実質所得が減少するという形で、国民が負う。この意味においても、インフレは税と同じものだ。しかも、低所得者に比較的重くかかる過酷な税である。

国債の中央銀行引受け禁止は、インフレに苦しんだ経験から、人間の叡智が作り上げた基本的経済運営ルールである。

安倍氏は、一般に「ウルトラ保守」と見なされている。ところで、「保守」とは、ルール厳守に極めて厳格な立場を取るはずだ。だから、金融政策に関して保守派が本来主張すべきは、金融引締めだ。ウルトラ保守となれば、極めて厳格なルール、つまり金本位制の復活を主張しても不思議でない。金融緩和は、保守思想とは正反対のものだ。保守派の安倍氏がなぜ金融緩和を主張するのか、まったく不可解だ。

また、保守派は、政府性悪観に立ち、政府の権限をできる限り限定化しようとする。したがって、政府に無限の財源を与える国債の日銀引受けなど、論外として切り捨てるはずである。それにもかかわらず、なぜ安倍氏がそれと誤解されそうな発言をするのか、私にはまったく理解できない。

(週刊東洋経済2012年12月15日号)
記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

野口 悠紀雄 一橋大学名誉教授

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のぐち ゆきお / Yukio Noguchi

1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専門は日本経済論。『中国が世界を攪乱する』(東洋経済新報社 )、『書くことについて』(角川新書)、『リープフロッグ』逆転勝ちの経済学(文春新書)など著書多数。

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