「ほぼ日」は売れ筋を”考えない”

楠木建が糸井重里に聞く(上)

ドラッカーが喝破したように、「顧客の創造」は事業の究極の目的だ。
これは、しかし、「言うは易(やす)く行うは難(かた)し」の典型だ。「ほぼ日刊イトイ新聞」は実際に顧客を創造し、それをビジネスとしての成果につなげている希少な例だといえる。

「ほぼ日(にち)」は、表面的には新聞形式のウェブメディアだ。しかし、ビジネスとして見たとき、ほぼ日はおそらく日本で最も高収益率の事業でもある。利益の源泉は、あっさり言ってしまえば、物販である。しかも売れている商品といえば、手帳に腹巻き、土鍋……。何の変哲もない生活用品ばかり。

ほぼ日ならではのヒット商品の背後には、独自の戦略ストーリーがある。多くのウェブメディアと異なり、BtoBの広告収入にはいっさい依存しない。タイミングに依存するニュースを追わない。人々の生活の中にある「動機」を発見し、時間をかけて読者と「動機」をやり取りしながら、自ら消費者の需要を創る。だから商品も自社開発。文字どおりの「顧客の創造」だ。

戦略のみならず、そのユニークなマネジメントという点でも、ほぼ日はこれからの企業が進むべき一つの重要な方向を提示している。

銀座4丁目に出店すればなんでも食っていける

楠木:僕は「ほぼ日刊イトイ新聞」の戦略ストーリーに興味があります。新聞というだけあって、生活に関する情報、仕事に役立つ情報などさまざまなジャンルの情報がウェブに毎日更新され、1日150万ページビューがある。

楠木 建 (くすのき・けん)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
1964年生まれ。新しいものを生み出す組織や戦略について研究している。著書『ストーリーとしての競争戦略―優れた戦略の条件』(小社刊、2010年)は、戦略の神髄は思わず人に話したくなるような面白いストーリーにある!というコンセプトで、本格的な経営書としては異例のベストセラーに。

その一方で、手帳や土鍋、衣料品などを企画立案して販売している。基本はコンテンツを基軸に置くインターネットメディアの会社ですが、広告で儲けるビジネスではなく、しかも収益力があるのが面白い。

糸井:よそのインターネット会社が何をやっているかを考えないで始めた会社ですし、今でも、ほかとどこが違うのか、考えることをしていなんです。もともとほぼ日は、僕の「やりたい」思いというより「やりたくないことをやりたくない」思いから始まった事業ですから。

楠木:「やりたくないことをやりたくない」とは?

糸井:ほぼ日が大切にしているのは、「やりたい」という気持ち、つまり動機なんです。僕はもともとコピーライターで、そのときの動機というのは、表現力を発揮したいとか、お客さんである企業の役に立ちたいとか、いろいろありました。

でも、企業や元請けの広告代理店の事情が優先されて、自分の動機とは重ならなくなるときがあるんです。だから、自分が決裁できる、自分で決められる仕事をやりたいと思って始めたのが、この仕事なんです。

次ページ当初は「芸能人のレストラン」感覚だった
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