成功しても方針に沿っていなければ無価値だ 松下幸之助の評価軸は明確だった

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このように松下は、方針から外れることを許さなかった。私が厳しく叱られたのは、常にそのようなときであった。特に方針の土台となる基本理念から外れることを、決して許さなかった。

一方、方針に沿って成功したときには、たいへんにほめられた。

「きみはようやった」「きみは、わし以上の経営者や」。家に帰るとまた電話がかかってきて、「きみはえらいな」「ようやった、大成功やったな」「部下の人たちにもよろしく言ってくれや」と、さっき会っていたときと同じようなことを言ってくれる。今度は妻の目の前で、子どもたちの目の前でほめてくれるということになる。

また、方針に沿って、しかし失敗したときには、慰めてくれた。

「きみ、心配せんでええで」「それよりもな、志を失ったらいかん。これまでどおりの気持ちでやるように」「あとはわしが引き受ける」と、助けてくれるのであった。

方針に沿わずに成功しても無視

さて、方針に沿わずして、要領よく成功してしまうときがある。そのときの松下は、まったくの無視であった。あるいは私の報告に「ああ、そうか」と生返事である。私はこんなに成功しました、言われた以上にやりましたと一生懸命説明するのだが、まったく評価してくれない。家に帰っても、電話がかかってこない。

方針に沿わずして失敗したときは悲劇である。立たされたまま3時間を越える叱責であった。

しかし部下にとっては、非常にやりやすい上司であった。というのは方針から外れてさえいなければ、あとは自由に、かなり思いきったことを平然と部下の私にやらせてくれたからである。そうした大胆さが松下にはあった。

もしもその逆に、方針がはっきりせず、ただ細かい注意だけをする人が上司であれば、部下がやる気を失いその部門が沈滞してしまうことは必定であろう。方針がはっきりしていればこそ、部下は力強く自由な活動ができるのである。

江口 克彦 一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問

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えぐち かつひこ / Katsuhiko Eguchi

1940年名古屋市生まれ。愛知県立瑞陵高校、慶應義塾大学法学部政治学科卒。政治学士、経済博士(中央大学)。参議院議員、PHP総合研究所社長、松下電器産業株式会社理事、内閣官房道州制ビジョン懇談会座長など歴任。著書多数。故・松下幸之助氏の直弟子とも側近とも言われている。23年間、ほとんど毎日、毎晩、松下氏と語り合い、直接、指導を受けた松下幸之助思想の伝承者であり、継承者。松下氏の言葉を伝えるだけでなく、その心を伝える講演、著作は定評がある。現在も講演に執筆に精力的に活動。

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