このように松下は、方針から外れることを許さなかった。私が厳しく叱られたのは、常にそのようなときであった。特に方針の土台となる基本理念から外れることを、決して許さなかった。
一方、方針に沿って成功したときには、たいへんにほめられた。
「きみはようやった」「きみは、わし以上の経営者や」。家に帰るとまた電話がかかってきて、「きみはえらいな」「ようやった、大成功やったな」「部下の人たちにもよろしく言ってくれや」と、さっき会っていたときと同じようなことを言ってくれる。今度は妻の目の前で、子どもたちの目の前でほめてくれるということになる。
また、方針に沿って、しかし失敗したときには、慰めてくれた。
「きみ、心配せんでええで」「それよりもな、志を失ったらいかん。これまでどおりの気持ちでやるように」「あとはわしが引き受ける」と、助けてくれるのであった。
方針に沿わずに成功しても無視
さて、方針に沿わずして、要領よく成功してしまうときがある。そのときの松下は、まったくの無視であった。あるいは私の報告に「ああ、そうか」と生返事である。私はこんなに成功しました、言われた以上にやりましたと一生懸命説明するのだが、まったく評価してくれない。家に帰っても、電話がかかってこない。
方針に沿わずして失敗したときは悲劇である。立たされたまま3時間を越える叱責であった。
しかし部下にとっては、非常にやりやすい上司であった。というのは方針から外れてさえいなければ、あとは自由に、かなり思いきったことを平然と部下の私にやらせてくれたからである。そうした大胆さが松下にはあった。
もしもその逆に、方針がはっきりせず、ただ細かい注意だけをする人が上司であれば、部下がやる気を失いその部門が沈滞してしまうことは必定であろう。方針がはっきりしていればこそ、部下は力強く自由な活動ができるのである。
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