《ミドルのための実践的戦略思考》「PDCA」で読み解く大手損害保険会社インド現地法人営業担当部長・浜村の悩み

■浜村さんはどうすべきか?

では、そんなポイントを踏まえつつ、冒頭の浜村さんのストーリーに立ち戻ってみましょう。彼の課題は何だったのでしょうか。

まず、浜村さんの無意識に陥ってしまっている症状は、過去の成功体験によって培われた「PDCAかくあるべし」というマインドセットが根強く残っていることです。しかし、本文でも記載した通り、PDCAは業界環境によって大きく変わるのです。例えば、浜村さんが過去にいた国内地域営業はどちらかというと競争が緩やかな中で、農耕的に計画に基づいて実践を重ねて収益を上げていくことが重要なポイントでした。不測の事態も起きにくく、実践を重ねていき、そこで1年単位でじわじわ溜まったノウハウをもとに改善を重ねていくことが結果につながったのです。

しかし、今回の配属先は、環境変化が激しく、不測の事態が急に起きる職場です。インドと日本の市場は大きく異なります。平均年齢も異なれば、規制も違う。市場の拡大スピードも、そして保険に対するニーズも全く違うでしょう。こういう市場においては、まずはいかにPDCAサイクルを短くスピーディーに回すか、ということを考えなくてはなりません。

そこで求められるのが、先ほどの4つの行動原則です。浜村さんの取っていた行動の多くは、この原則に反していたことに気付きます。具体的には、現場を十分に見ていないこと。双方向のコミュニケーションもせずに自分だけで考えていること。そして、プランに時間をかけ、スモールスタートによってフィードバックを得ながら改善する、という意識に欠けていること、などがあげられます。これら全ては、日本での成功体験によって見えなくなっていることなのだと思われます。

裏を返せば、もし浜村さんが日本市場での成功体験を忘れて、新たな行動原理を確実に行うことが出来れば、この新興市場は日本では決して発見できない新しい示唆に満ち溢れている、ということでもあるのです。

日本企業がこれからのグローバル競争において、変化対応スピードに追いついて行けるかどうか、ということについては、全社レベルの大きな戦略の方向性に因る部分ももちろんあるでしょう。しかしながら、それだけではなく、このように浜村さんのような現場ミドルリーダークラスのPDCAの積み重ねの勝負でもあるのです。

浜村さんのみならず、多くのミドルリーダーがその事実に気付き、環境変化を踏まえて行動原則を変えることが出来るのか。その点がこれから問われてくるのでしょう。

■激変する環境に即した「PDCAのスピード勝負」の時代

今回はPDCAサイクルという、ある種、使い古された概念について考察を深めてみました。

本文中にも書きましたが、今日の競争環境においては、ほぼ全ての業界において「PDCAのスピード勝負」になってきています。日本が大きく成功したのは、20世紀におけるフルバリューチェーン型工業製品での競争です。そこではリコールなどが起きて損害を被らないように、入念なPlanが練られ、開発から販売、アフターフォローまで足の長いPDCAサイクルの設計が行われていました。しかし、そのモデルは徐々に終焉を迎えつつあります。

昨今のIT、もしくはバリューチェーン特化型の産業では、スモールスタートを切って顧客評価からの学習を重ねながら徐々に完成モデルに近づけていく、というまさに「走りながら考える」というスタイルが定着しています。これこそが21世紀型のPDCAサイクルというのかも知れません。

時代環境は確実に変わってきています。このスピードに乗り遅れないためにも、「ミドルリーダー自身がリスクを取り、走りながらPDCAを回していこう」ということを最後に申し上げておきたいと思います。

■参考文献:
『危機を超える経営』
『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』
『開発戦略は「意思決定」を遅らせろ!』


《プロフィール》
荒木博行(あらき・ひろゆき)
慶応大学法学部卒業。スイスIMD BOTプログラム修了。住友商事(株)を経て、グロービスに入社。グロービスでは、企業向けのコンサルティング、及びマネジャーとして組織を統括する役目を担う。その後、グロービス経営研究所にて、講師のマネジメントや経営教育に関するコンテンツ作成を行う。現在は、グロービス経営大学院におけるカリキュラム全般の統括をするとともに、戦略ファカルティ・グループにおいて、経営戦略領域におけるリサーチやケース作成などを行う。講師としては、大学院や企業内研修において、経営戦略領域を中心に担当するとともに、クリティカル・ シンキング、ビジネス・ファシリテーションなどの思考系科目なども幅広く担当する。
Twitter:http://twitter.com/#!/hiroyuki_araki
Facebook:http://www.facebook.com/?ref=home#!/hiroyuki.araki



◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2012年7月31日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。

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