週刊東洋経済 最新号を読む(5/16号)
東洋経済オンラインとは
キャリア・教育 #全人類の教養大全1

「個人の権利」と「社会の利益」、この2つがぶつかったらどちら選ぶか?そして、あなたが当事者ならどうするか?という究極のジレンマ

10分で読める
2/6 PAGES

大人のコミュニケーションゲームに参加するためには、基本的な資格が必要だ。その資格とは「最低限の知識」。

それって、何だろう?

答えから言ってしまえば、それは自分が暮らしている「世界」に対する理解だ。世界を理解してはじめて、そこに暮らしている「自分」を理解することができる。そうやって深まった「自分」への理解は、より深く「世界」を理解するための土台になる。(「プロローグ 『自分』が生きている世界のしくみを知る方法」より)

特徴的なのは、歴史、経済、政治、社会、倫理の5パートに分けて「現実世界」を扱った1巻と、真理、哲学、科学、芸術、宗教、神秘の6パートに分けられた「現実の向こう側の世界」を取り上げた2巻とで構成されている点だ。

ここでは前者に焦点を当て、個人と社会の対立について考察している「4 社会」のなかから「個人主義」と「集団主義」との関係性をクローズアップしてみたい。

「個人主義」と「集団主義」

「個人」は「社会」のなかで生きており、両者はなによりも深くつながっている。個人は社会がなくては存在できず、個人の集合体である社会も個人なしには存在できないということだ。

純粋に考えれば美しい関係性だが、現実的にはこれら2つの主体が問題なく共存できるとは限らない。理想論ですべてが片づくわけではなく、実際にはいろいろな対立が起きたりもするのだから。

個人の権利と社会の利益が対立するなら、個人の権利が優先的に保護されるべきだと考える人がいる。この考え方を「個人主義」という。(276ページより)

この主張の根拠は、社会という考え方が実体のないものだという点にある。なぜなら社会とは、単純に個人の集合体だから。では、私たちが「社会」と呼ぶものの実体とは? 私たちの暮らす町だろうか? それとも国? いや、なかには世界を社会だと考える人もいるかもしれない。

社会という言葉は範囲を決めることができず、実体を持たない幻想であるということだ。私たちは、それが実際に存在すると錯覚しているにすぎない――著者はそう述べている。

次ページが続きます:
【この「究極のジレンマ」を一緒に考えてみてほしい】

3/6 PAGES
4/6 PAGES
5/6 PAGES
6/6 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

キャリア・教育

人気記事 HOT

※過去1週間以内の記事が対象