
吉原に入り浸った「本所の銕」(ほんじょのてつ)
池波正太郎の時代小説『鬼平犯科帳』のモデルとして知られている、長谷川平蔵宣以(はせがわ へいぞう のぶため)。
NHK大河ドラマ「べらぼう」では、歌舞伎俳優の中村隼人が「吉原でカモにされる金持ちの坊ちゃん」として若き平蔵を演じたが、最近の放送回では火付盗賊改としての見せ場も増えてきている。実際にはどんな人物だったのか。
長谷川平蔵は延享2(1745)年に築地湊町の拝領屋敷で、中級の旗本の家に生まれた。
父の宣雄は金儲けのセンスがあったらしく、巨額の蓄財を残した。平蔵が3歳のときに父は400石の家督を継承。西の丸御書院番から小十人頭になると、南本所三之橋通(現・江東区菊川3丁目)に、元幕府の馬医から広い馬場も含む1238坪の広大な屋敷を手に入れている。
その後、宣雄は先手弓頭となり、明和8(1771)年に火付盗賊改加役に任ぜられると、翌年の明和9(1772)年3月には本役になっている。
平蔵はそんな父の背中を見ながら育ち、また才覚も引き継いだようだ。父と同じく、火付盗賊改加役につくことになる。
だが、若い頃は、吉原や深川の岡場所に入り浸っては、父が蓄財した金銀を使い果たした。幼名が「銕三郎(てつさぶろう)」で、父が買った広い屋敷が本所にあったことから、ついたあだ名は「本所の銕(ほんじょのてつ)」。
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