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≪養老乃瀧≫30年前は居酒屋で「店舗数日本一」だったが… 副社長が激白する"首位陥落"を招いた意外な要因

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うまみのある話に、人は本能的に惹きつけられるものだ。いわば先行して儲けた個人オーナーが火種となり、出店の輪がネットワーク状に一気に広がっていく。養老乃瀧は1970年代に1000店を超え、1990年代半ばの最盛期には1800店にまで拡大した。

飲酒運転の厳罰化で逆回転

時代の寵児となった養老乃瀧だが、綻びを見せた一因が、2002年の道路交通法改正だった。前述した通り、「20台前後の駐車場」を出店の勝ちパターンとして掲げていたことで、出店エリアは地方や郊外の比率が圧倒的に多かった。運転代行やハンドルキーパーの取組を強化してはいたが、法改正での締め付けが厳しくなれば、客足離れは避けられなかった。

また、1990年代になると、白木屋や笑笑、甘太郎、和民をはじめとした居酒屋チェーンが権勢を振るい始める。いわゆる“総合型居酒屋”の競争が熾烈になる時代に突入した。

競争が激しくなれば、当然各ブランド手を替え品を替えた展開を行い、業界のトレンドや移り変わりも加速する。

2000年代に入ると、海鮮をはじめとした専門業態の台頭、コスパ重視の価格均一、女性層を狙うカジュアルダイニング、接待に重宝される個室完備型、監獄レストラン「ザ・ロックアップ」などエンタメ性の高い業態など、コンセプトを持たせたブランドが乱立する。結果、相対的に見て、無難な業態は存在感が薄くなっていった。

同時に、個人オーナーの高齢化や、店舗の老朽化が進んだことも、店舗縮小に拍車をかけた。とりわけ1970年代に出店攻勢を強めた背景を考えれば、個人オーナーのボリューム層は団塊の世代周辺だったはずだ。2000年代になれば、還暦を迎えて体力が落ち、そのうえ改装の必要を迫られることで、リタイアがちらつく。「儲けさせてくれてありがとう」と惜別の言葉を残し、幕引きする事業者も増えていった。

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