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"子煩悩な親"が知らないうちに「毒親」へ変貌する恐怖のメカニズム、《無自覚に子どもを支配しない》ために大切なこと

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  • 斎藤 学 家族機能研究所代表、精神科医
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本来、バイオリンに憧れるのなら、親自身が「バイオリンを弾けるようになりたい」わけですから、自分が習いに行けばいいのです。親が、自分の人生で取りこぼした夢や、やり残して悔しく思うことを子どもに肩代わりさせるのは、親の「暴力」です。

子どもは親の所有物ではありません。子どもには子どもの、好きなことや、夢や、やりたいことがあるのです。

「子どものため」という"やさしい暴力"

子どもと自分を一体だと勘違いしている親は、自分がバイオリンを習う楽しみを味わうより、「バイオリンを上手に弾ける子どもを持つ」ことに憧れているだけです。自分の価値観を子どもに押しつけ、押しつけていることにさえ気がつかないので、この種の行為を私は「やさしい暴力」とか「見えない虐待」などと呼んでいます。

子どもは、独立した人格を持った、自分とは別の人間である、という意識がありません。自分のやりたいことを代わりにやらせる「ペット」のようなものなのです。

ペットですから、殴ったり、おどしたり、なだめすかして、思いどおりに芸をしこもうというわけです。上手に芸ができるようになったら、上手にしつけた自分のお手柄ですから、近所や世間に連れて歩いて自慢し見せびらかすことができます。

「子どものため」「この子の将来を思って」などというのは言い訳に過ぎません。子どもを殴るとき、真の愛情から殴っている親がどれだけいるでしょうか。 

親と子どもでは明らかに親が「強者」で、子どもが「弱者」です。強者と弱者の間では、ほうっておけばなんらかの虐待が起こってしまうものであり、強者のほうは、自分が相手を虐待していることに気づかないことが多いのです。子どもに有形・無形の暴力を加える親は、弱い者いじめをしている子どもと変わりません。

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【「親に見捨てられる不安」が子どもの心を傷つける】

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