「バーチャル世界」で希望格差を埋める若者たち 「努力が報われない仕事」が早々に見切られる訳
「夢見るフリーター」の出現
戦後から1990年くらいまで、つまり昭和時代までは、ほとんどの男性にとっては「仕事」に希望が持てた時代であった。望めば正規雇用者として就労でき、努力すれば、年功序列システムの中で収入はアップし、管理職に昇進していった。
つまり、努力が目に見える形で評価されたのである(もちろん、その裏には、女性差別的慣行があったのだが)。その結果、収入が増え、豊かな家族生活を送ることが可能な収入を得たのである。
女性の場合は、1985年に雇用機会均等法ができるまでは、キャリアが築けるような希望の持てる職業に就くことは一般的でなかった。就けたとしても、教員や資格が伴った専門職など一部の職に限られていた。多くの女性にとって仕事とは、結婚までの腰掛けとしての一般職やパート職であって、努力してもそれに見合った評価が受け取れるケースは少なかった。
しかし、「家事・育児」を仕事と見立てれば、夫や子どものケアをしていれば、夫は出世し、子どもが学歴をつけるという形で、それを成果として感じていた人も多かったと思われる。
家事・育児を頑張っていれば、その成果として夫の収入が上がり、豊かな生活を享受でき、子どもの学歴を自分の努力の結果と信じることが容易だった。そういう意味で、家事・育児に仕事としての希望を持つ人も多かったと思われる。
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