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娘の死から最期まで22年の日記に吐露された心情 「只生きている。死ねば完了」の境地に至るまで

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その後のT医師のことは、志良堂さんに日記群を寄贈した次女のAさんから教えてもらった。

9月16日、Sさんの退院祝いで子どもたちが家に集まって寿司を食べたという。飲酒の影響か、階段の下で動けなくなったT医師を長男が2階まで運んで寝かせている。

翌朝になっても降りてこないT医師をSさんは心配したが、退院したばかりで2階に上がれる体調ではなかったので様子を見ることはできなかった。2日後の日曜日、電話で相談を受けたAさんが2階に上がると、自室の床に倒れているT医師がいた。意識はあったが、「今日が日曜日だと言うと驚いていた」という。

このやりとりがAさんとT医師との最後の会話となった。その日は大事はなかったが、2日後の9月21日、Sさんの介護スタッフが2階で再び倒れているT医師を発見。救急車で運ばれた先の病院で死亡が確認された。

その後もSさんは自宅での暮らしを続け、2024年5月に亡くなった。Sさんの介護のために実家に戻ったAさんは、その生活の中でT医師の遺品整理をし、そこで28冊の日記を見つけた。

読もうと思ったが、強いくせ字が立ちはだかって断念した。「時間のある時に読もうと思いつつも、たぶんその時はこないだろうと思っていました」と言う。しかし、捨てる選択肢はなかった。

「父の部屋を片付けた時、祖母の日記が一冊出てきたのですが、風呂敷に包まれたまま物に埋もれていた状態でした。どうしようもなくて捨てたのですが、後に母に言ったところ『叔母に渡せばよかったのに』と言われ、その手があることに気がつきました」

このときのつらい思いは二度としたくないし、自分が死んだ後に別の誰かにも味わせたくない。そこでネットで「日記 遺品 どうする」などと検索し、志良堂さんが主宰する「手帳類プロジェクト」の窓口にたどり着いたというわけだ。

「只生きている。死ねば完了。」

T医師の人生の終わりは、おそらく本人にとって予想外のかたちで訪れた。けれど、そうした終わり方もよしとするスタンスで晩年を生きていたことは、ふとしたきっかけで語られる死生観から読み取れる。

新居に移ってしばらく経った2004年の秋につづった日記が象徴的だ。ムッチャンに語りかけるとも、ですます調で独白しているだけともとれる記述。最後に引用したい。

<二十才前後
 私は、何のために生きているのかを
 毎日考えていました。
 それは、生きていてもしょうがないと
 いうことでした。
 それから五十年以上たって。
 やっと、答えが出ました。
 それは、“生きてる”
 という答えです。
 別に何もないのです。
 頑張ることもない
 只生きている。死ねば完了。
 何の、哲学、宗教が要りましょう。
 ゴキブリの如く、
 死ねばいいのです。>

 

引用箇所のノート(筆者撮影) 

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