それでもやはり、行ってみたい──。
「俺が行くと、お前、楽しめないだろ」
貴明が話を向けると、
「そんなことないよ。お前のことなんか気にせずに、俺は勝手に楽しむから」
文哉はそう言って笑った。もちろん、本心ではない。しかし、そうでも言わなければ、兄は気を使って、修学旅行への参加を断念してしまいそうだった。
株式会社アテンダントナースに所属する馬場りな看護師はこう説明する。
「修学旅行への付き添いも、私たちの大切な仕事です。弊社では“添乗看護師”という言葉を使うのですが、修学旅行は、健康な子どもたち。つまり、旅行に参加しても問題のない子たちばかりと思われがちですが、中には障害や病気を抱えている子もいます。だからといって、参加させないわけではない。すべての子たちに行く権利はある。本人が望めば、なんとかして連れて行ってあげたい。教育現場にいる大人は常にそう考えています。私たち添乗看護師は、その手助けをするために帯同するのです」
貴明と文哉が通う中学校は、3年生が150人弱の規模だ。各クラスに分かれ、岐阜県の中学校から貸し切りバスで、名古屋駅に移動し、そこから新幹線で東京に向かう。
貴明は、日常生活を送るうえではとくに支障はないが、肺の障害のために疲れやすく、体育は毎回見学だ。晴れた日に一日中屋外で活動すると、夜はぐったりしてしまうことも少なくない。修学旅行は5月だから、炎天下に晒されることはないが、それでも不安だ。
「貴明君の学年には、他にも健康上の問題を抱えた生徒が何人かいて、誰かひとりにナースがかかりきりになるわけにはいきません。またサポートが必要な生徒が仮に貴明君ひとりだったとしても、ナースが張り付くのは、好ましいことではありません。あくまでも他のみんなと同じように楽しんでこそ、旅の思い出はつくられる。だから、我々ツアーナースは、特定の生徒を常に意識はするものの、付かず離れず、見守るという態度で望みます」(馬場看護師)
「肩に戦争で亡くなった人の霊がしがみついている」
修学旅行の行程は、旅行代理店と学校職員がガッチリとタッグを組んで編み上げられる。学校側は心身の状態に注意が必要な生徒をリスト化して、保護者との連絡を密に取る。また明らかな疾患がなくとも、環境の変化のために、行った先でいつもとは違った反応を示す生徒も多い。
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