――日本では極東国際軍事裁判(東京裁判)に参加したラダ・ビノード・パル判事が有名です。日本のA級戦犯25人の無罪を唱えたと。
パル判事の判決書は驚嘆だった。しかし、パル判事が若かりし頃に感じたことや、亡くなる前に遺した言葉は今なお刮目すべきものがある。
パル判事は、1905年の日露戦争の日本勝利が、19歳の青年パルに大きな影響を与えたと語っている。「同じ有色人種である日本人が、北方の偉大なる白人帝国主義ロシアと戦って、ついに勝利を得たという報道は、われわれの心を揺さぶった」と。
パル判事は最後の来日となった1966年、朝日新聞に「東洋の政治的復活」と題するメッセージを寄せている。その中で氏は「西洋の『分割して統治せよ』という政策を警戒してください。どんなに大切なイデオロギーのためであっても、分裂してはいけないのです」と述べている。
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