感動を与えれば、社員は苦を感じずに働く 松下幸之助が考えた「上司と部下の関係論」

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しかし、松下に対して腹立たしい思いはまったく起きなかった。それは、松下からの電話に喜びと感激を味わうことができたからである。

私はだいたい11時ごろ、床についていた。だから夜中の1時ごろ電話がかかってくると、ちょうど寝込みを襲われることになる。眠いことこのうえない、といった状態のときである。しかし、そんな夜中に電話をかけてくるのは松下幸之助しかいない。電話が鳴った途端に、私は瞬間、寝ぼけた声、とんちんかんな応答をしたくないと思うから、わずか5秒か10秒の受話器を取るまでの間に、真っ暗闇の中で必死になって意識をしっかりさせようとする。

これは自分自身との格闘となる。眠っていたところを急にそうすると、ムカムカして吐き気がするような感じで気分が悪くなる。しかし、そのような必死の努力をしながら明かりのスイッチを手さぐりで探しつつ、なんとか受話器を取る。松下の声が聞こえてくる。

「ああ、江口君か、わしやけどな。夜遅く電話をしてすまんな。けどな、わし、きみの声を聞きたかったんや。きみの声を聞いたら、元気が出るんや」

真夜中、シーンと静まり返っていた暗闇が、その声を聞くとパッと明るく、ピンク色に思えてくる。真夜中の静寂にとけこむような感動、温かな感動が胸にこみあげてくる。「きみの声を聞きたかったんや」という言葉のあと、ときには随分と厳しいおしかりが続くこともあった。しかし、すでに感動を覚えている私は、この人のためならどんなことでも成し遂げようと思ったものだ。

人を感動させることができるか

人に感動を与えることができるならば、人はあなたのために動いてくれるようになる。あなたが成功するように、協力してくれる。お客さまは商品を買ってくださるだろう。取引先はあなたの企画のために動いてくれるだろう。あなたが上司であれば、部下を感動させるということは、部下を育てることにつながる。感動させることができない上司、経営者には、部下を育てていくことは不可能である。

人を感動させることができれば、成功への道は限りなく近くなる。

さて、講演などで私が松下の電話のかけ方を紹介すると、これはいいことを聞いた、と言われる。だが実際に「きみの声を聞きたかった」とやる人は少ない。同じことをしたとして、果たしてうまくいくだろうか、とか、少し恥ずかしい、笑われないだろうか、「社長、お気は確かですか」と言われるのがオチだと、うすうす感じているからだろう。

同じことをしても、人を感動させられる人とそうでない人がいる。しかし、その差は実は紙一重である。ほんのいくつかのポイントを押さえればいい。人を感動させるために、必要なことはなんだろうか。なぜ松下幸之助は、人を感動させることができたのだろうか、今もそれを考えている。

江口 克彦 一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問

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えぐち かつひこ / Katsuhiko Eguchi

1940年名古屋市生まれ。愛知県立瑞陵高校、慶應義塾大学法学部政治学科卒。政治学士、経済博士(中央大学)。参議院議員、PHP総合研究所社長、松下電器産業株式会社理事、内閣官房道州制ビジョン懇談会座長など歴任。著書多数。故・松下幸之助氏の直弟子とも側近とも言われている。23年間、ほとんど毎日、毎晩、松下氏と語り合い、直接、指導を受けた松下幸之助思想の伝承者であり、継承者。松下氏の言葉を伝えるだけでなく、その心を伝える講演、著作は定評がある。現在も講演に執筆に精力的に活動。

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