感動を与えれば、社員は苦を感じずに働く 松下幸之助が考えた「上司と部下の関係論」

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「きみの声を聞きたかったんだ」と言えますか(写真 : msv / PIXTA)

松下幸之助と一緒に仕事をした23年間、特に真ん中の15年間は年間の休みが20日間ほどしかなかった。1カ月に2日休めるかどうかで、4カ月連続して休みがなかったこともあったし、土曜も日曜もないということは普通であった。

年末は12月31日の夜10時まで、西宮の家にいることが多く、「この1年間、大変お世話になりました。また来年もよろしくお願いします」とあいさつをすると、「きみ、この1年間ご苦労さんやったな。けどな、明日はきみ、来んでええで」という様子であった。元旦と2日を休むと、3日にはもう呼び出しがある。

「そのような毎日でした」と話をすると、多くの人から「大変でしたねえ」と言われる。

ところが、今振り返ってみても、苦しいとかつらいといったことは全然なかった。それどころか、実に楽しい23年間だった。というのは、松下幸之助と仕事をすると、感動、感動、感動の連続、喜び、喜び、喜びの連続だったからだ。

しょっちゅう電話を掛けてきた

松下はよく電話をかけてきた。朝となく、昼となく。あるときなどは1日に8回かかってきたこともあった。こちらからもその返事をするから、あわせて12~13回になっただろう。その日、朝早く家を出てから夜遅くまで、1日中電話をしあっていたことになる。ほとんど毎日、直接会って話をしているのに、それでもさらに電話がかかってきた。

土曜も日曜も関係なかった。その電話で呼び出され、たいていの場合、夕方の6時半とか7時ごろに参上して、いろいろ話をすることになった。

月に何回かは、夜中の1時半とか2時にかかってきた。朝早いときには4時、5時に、「いまから来い」と言われて、あたふたとすることも度々あった。特に、冬の寒いときの朝4時は正直つらかった。

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