幸之助は、部下にも「教えてほしい」と尋ねた

衆知を集めなければ成功はありえない

ある日、松下のいる部屋にクーラー事業部の若い社員がやってきた(写真:Graphs / PIXTA)

松下幸之助は、よく人にものを尋ねていた。

人の話を聞くと、ごく自然に知恵を集めることができる。特に今日のようにたくさんの情報を集めながら仕事をしなければならない時代には、多くの人から話を聞くということは、極めて大切なことである。

松下のそばで仕事をするようになって、2、3年したときの夏であった。部屋で松下と話をしていると、クーラー事業部から25歳くらいの若い技術者が、クーラーの点検にやってきた。彼はまさか部屋に総帥の松下幸之助がいるとは思わなかったのだろう。部屋に入ってきたとたん、硬直状態である。もうネジを回すのも、手元が震えてドライバーがなかなかネジの頭の溝に入らないくらいである。

「名前はなんというんや」「郷里はどこや」

そのような彼に、優しく、松下が「この頃、きみんとこの工場では、どんなものが作られておるのかな」と質問を始めた。「名前はなんというんや」「郷里はどこや」。松下は誰に対しても、気さくにものを尋ねることができる人であった。「事業部には何人くらいおるのか」「仕事はしやすいのか」「きみ、大変やろ。疲れへんか」。

しかし松下は、若い社員だからといって適当に聞き流していたわけではなかった。というのも、それから1カ月ぐらいしたとき、面白いことがあった。

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