カリスマが「命懸けで採集する」"幻の虫"の正体 尾根から尾根へと移動、スズメバチに襲われても追う
「オスみたいですね。頭の向きを変えてくれれば、顎に輪を掛けられるのですが……」
キクリンはライトを口に咥え、先に輪がついたスティックをオオクワガタの顎先に掛けようとしていた。細いワイヤーでできた輪は、掛けた後に絞れば抜けないようになる。そうしてオオクワガタを引き出す作戦だ。
こうした道具はインフィニティーのメンバーによる自作品である。片手で木につかまりながら、チャンスを待つ。ジリジリと時間が過ぎていく。人間と虫の根競べだ。
奥に逃げ込めないオオクワガタが体勢を変えようと動いた。隠れていた頭部が初めてあらわになる。そのチャンスを達人は見逃さなかった。大顎の内歯 (〈ないし〉突起の部分)にすかさず輪をかけることに成功した。
「中歯(ちゅうし)、いや大歯(〈だいし〉顎が大きく発達したもの)です!」
無理に引き出すと顎が欠けたり、頭部と胸部の付け根にダメージを与えたりする。ゆっくりと引きながら、個体を這い出させなければならない。オオクワガタの脚の力は強く、ここからの格闘は30分に及んだ。
“本物”はいつもフィールドにある
そして、ついに樹上のキクリンが微笑む。姿を現したワイルド個体(野生で捕獲した個体)を手に、こちらに向かってかざした。そのシルエットは、まごうことなき追い求めたクワガタのものだった。
サイズは約60ミリで、無駄のないスリムな体のラインに目を奪われる。それは自然界が研ぎ澄ました究極のフォルムだ。
「混じりけのない、純粋なこの産地の形状だと思います」
個体をじっくりと見つめてキクリンが言う。「混じりけのない」というのは、放虫されたオオクワガタ、またはそれらと交雑した個体ではないという意味だ。
多産地である山梨県でも、この地域は分布が薄く、採集例をほとんど聞かないという。
彼の知る中でもレアポイントであり、数年前から狙った木で採れたことに満足感があるようだった。
「本物はいつもフィールドにあります。自分で考え、実践し、つかむことで実感できる。これは現地で体験しないとわからないことです」
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