カリスマが「命懸けで採集する」"幻の虫"の正体 尾根から尾根へと移動、スズメバチに襲われても追う
木を傷つけることなく、中にいる虫を外に出す方法はある。虫が嫌う薬品等を少量嗅がせることで這い出させるのだ。販売目的に捕獲するのであればそうするのだろうが、キクリンにとってこの場所は過去にオオクワガタがいることを確認している場所であり、あえてリスクを冒してまで取り出す必要がない。あっさりと見切りをつけた。
自然を相手にするのに、時間は限られている。広大な山を見て回るためには、的確な判断が必須だ。筆者の未練をよそに、彼ははしごをたたむと次のポイントへと向かった。
山に祈る
入山を前にして、キクリンは両手を顔の前で合わせると、うつむいて祈りを捧げた。そして密生した笹をかき分け、急な傾斜を登り始める。筆者はその後を懸命に追った。夏の森林は植物の葉が茂り見通しが利かないので、急がねば彼の背中を見失ってしまう。
キクリンの姿が消えた。慌てて見上げると、樹上7~8メートルのところに彼はいた。幹に巻きついたフジの木に足をかけ、登っていったのだ。ポカンとして眺めながら、「まるでジャックと豆の木だな」と思った。
フジがクヌギを締め付け、樹皮が傷ついたところから樹液が出ている場合がある。そこに絶妙な隙間があれば、オオクワガタが入ることがあるという。キクリンはこのポイントに3年前から注目してきたが、まだターゲットの姿を確認したことはなかった。片腕で体を支えながら、小型のライトでフジの隙間を照らしていく。その眼光は野生動物の如く鋭い。
「何か怪しいのがいますね」
樹上からの声に、体が熱くなった。次の言葉を待ちながら、心臓がバクバクする。
「お尻しか見えないのですが……、たぶんオオクワだと思います」
隙間に潜っている個体が見えるという。だがキクリンは左手で木につかまっているため、右手しか使うことができない。スティックを隙間に差し込み、それ以上奥に入り込まないようにするのが精一杯だ。
もし、心無い採集者ならば、ここで木を傷つけてもオオクワガタを採ろうとするだろう。
しかし、一度天然の隠れ家を壊してしまえば戻ることはなく、再び形成されるまでには何年もかかる。だから虫たちの棲家を奪うことはしてはならないのだ。
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