NHK大河ドラマ「光る君へ」がスタートして、平安時代にスポットライトがあたることになりそうだ。世界最古の長編物語の一つである『源氏物語』の作者として知られる、紫式部。誰もがその名を知りながらも、どんな人生を送ったかは意外と知られていない。紫式部が『源氏物語』を書くきっかけをつくったのが、藤原道長である。紫式部と藤原道長、そして二人を取り巻く人間関係はどのようなものだったのか。平安時代を生きる人々の暮らしや価値観なども合わせて、この連載で解説を行っていきたい。連載第16回は道長のライバルである、藤原伊周のエピソードを紹介する。
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道長のライバル、藤原伊周
「威圧されてはならない」と自分にどれだけ言い聞かせても、いざ顔を合わせれば、思わず畏怖してしまう。藤原伊周にとって、叔父の藤原道長はそんな存在だったようだ。
よく知られているのが、2人が競弓で対決したときのエピソードである。この頃、すでに摂政・関白として権勢を振るった藤原兼家は没して、長男の藤原道隆が権力を掌握していた。
大河ドラマ「光る君へ」では、道隆が弟の道長に「弓比べをみていけ」と競弓イベントに誘い、会場に着くと「道長、相手をせよ」とやや強引に息子の伊周の相手をさせた。
だが、『大鏡』では様子が異なる。道長自身がアグレッシブに、伊周のところへ乗り込んでいる。伊周は「お誘いしていないのに変だ」(思ひがけずあやし)と訝しがったらしい。
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