さらに、同じ研究チームによって行われた別の調査によれば、自分の話ではなく、他人の話をすることで、報酬が得られると分かっていても、多くの人はそれを犠牲にして、自分の話をする選択をしたという。
こういったシンプルで本能的な欲求が、人々をソーシャル上での「プライバシー垂れ流し」へと駆り立てているというわけだ。
生存本能に基づいた欲求?
以前、「人は『挫折、貧乏、失敗』の告白に共感する」の中でも触れたが、人は思いがけぬ告白に共感し、親近感を覚えるものだ。カリフォルニアの大学の研究者2人が行った調査によれば、自分の胸の内を話すという行為は、相手の共感を呼び、好意度を上げるのだという。
自分をさらけ出すことで、人との新たな絆を作ることは、その人の物理的生存の可能性を高めることを意味した。外敵と戦う原始人の時代には、そうした結びつきがなければ、生きてはいけなかったからだ。さらに、人に話すことによって、自分の中の考えを整理し、自らを成長させるだけではなく、個の記憶や知恵を共有し、保存していくというメカニズムも果たしていたと考えられる。
ドーパミンは飲食や生殖行為など人類の生存に欠かせない行動に対して、動機づけをするために分泌されるとされるが、「自分の話をする」という行為も同様に種の保存、人類の生存に深く結びついたものと考えられるということだ。
一方で、ドラッグやたばこなどその分泌効果があるものがなかなかやめられないように、ドーパミンは依存を生みやすい。若者が片時も携帯を手放さず、メッセージングサービスやソーシャルの虜になってしまうのはこういった要因もあるのだろう。
「しゃべりすぎ」への三つのステップ
そんなわけで、しゃべりたがり、言いたがりのおじさん、おばさん、社長、上司、子供を黙らせるのは容易なことではない。しかし裏返せば、しゃべらせておけば、いい気持ちにさせておくことができるということでもある。自分が喋りたい気持ちをぐっと押さえて、相手に花を持たせることで、円滑になる人間関係も多くある。
「しゃべりすぎ」へのステップは3つの過程があるという。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら