イエズスさんの話。
「65歳で仕事を引退した12年前、妻と2人で故郷に帰りました。それでも子供たちに会うために、年に2度、春と秋には日本に来ていました」
1回目の大動脈解離の発作は、夫婦で日本に帰国した数日後に発症した。現在は下半身マヒで、車椅子が手放せない文恵さんは、不自由な体ながら、快くインタビューに応じてくれた。
「車で聖司を駅まで送った帰りでした。運転中に突然胸のあたりに押さえつけられるような痛みを感じました。路肩に車を停めて、窓の外を見ました」
自転車屋の店主が、文恵さんの顔を不思議そうに見ていた。ドアを開け、道路に足を下ろした。自転車屋の店主が駆け寄ってきて、声をかけた。
「どうしました」
「胸が、とても苦しくて」
「救急車を呼びましょうか」
「いえ、大丈夫です」
とは言ったものの、ただ事ではないと感じていた。他人から見ても救急車を呼びたくなるような顔をしているのだろう。痛みはどんどん増してくる。でも自分で救急車を呼ぶ勇気が出ない。文恵さんはスマホを取り出して、聖司さんに電話をかけた。
胸に激しい痛み、そして意識を失った
幸い、聖司さんの乗った電車はまだ2つ先の駅にいた。聞こえてくる母の、いつもとは違う声に不安が込み上げた。
「聖司がね、来てくれて、すぐに救急車を呼んでくれたんですよ」(文恵さん)
救急車は数分後に到着した。文恵さんは救急車に乗ると同時に意識を失った。判断が遅ければ、道端で倒れてしまったかもしれない。
大動脈解離とは、胸から腹部へかけて位置する大動脈の血管の壁が何らかの原因で剥がれ、中膜と外膜の間に(大動脈は内膜、中膜、外膜の3層から成っている)血液が流れ込む状態を指す。前兆となる症状はなく、極めて防ぎにくい疾病だ。文恵さんも直前まで、普通に車を運転していた。処置が遅れたことで命と落とすケースも多々ある。
「4月なのに雪が降っている寒い日でした。そんな気候も体にさわったのかもしれません」(文恵さん)
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