脳梗塞で倒れた84歳男性の行く先
東京発博多行きの新幹線が、静岡県に入ったころ、中島五郎さん(84・仮名)は、浅い眠りから覚めた。新幹線の多目的室は、1.5メートル×2メートルほどの広さだ。
体が不自由な人が車いすごと乗り込みたい場合や、授乳が必要な人のために用意された部屋である。畳1枚分程度の簡易ベッドはあるが、中島さんは乗ってきた車いすをリクライニング状態にして、眠っていた。
朝早く、東京都葛飾区の病院から介護タクシーで出発し、東京駅に到着したころは、かなり疲れた表情をしていた中島さんだったが、少し眠ったおかげで、目元に生気が戻っていた。
ツアーナースの髙橋博美は、昨晩用意しておいたマルチグローブを、救護セットが詰まったバッグから取り出した。
マルチグローブとは、ナイロン製の大きな袋のような形状をした福祉用具だ。介助者は、これを両手の肩口まですっぽり差し込んで使う。
ツルツルした素材のナイロン製なので、寝ている患者の背中の下にスルリと滑り込ませることができる。これを使って、体位変換を促したり、体の1カ所に体重が集中しないよう、圧力を逃がすために体を浮かせたりする。床ずれの予防に有効だ。病院や介護施設などで使われている。
「中島さん、少しだけ背中をマッサージさせてくださいね」
髙橋看護師が話しかけると、中島さんは口元だけでぎこちなく微笑んだ。
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