脳梗塞の老人を大移動させたツアーナースの苦悩 後遺症で言葉が話せない84歳男性の長距離移動

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「今回のツアーでいくつか重要なポイントを上げると、中島さんが、中心静脈栄養を使っていること。疾患の後遺症で失語症となり、言語でのコミュニケーションが困難であること、痰のカラミがあること、長い入院生活に加え、るい痩(病的に痩せていること)もあり体力低下が考えられることなどです」(髙橋看護師)

これらは中島さんの診療情報提供書と看護サマリーから読み取ることができた。

東京から関西までの短い旅でツアーナースができること

口からモノが食べられない。中心静脈栄養を使って、高カロリーの栄養剤を点滴摂取しているとはいえ、年齢などから考え合わせると、中島さんの体に余分な脂肪はついていないだろう。2カ月間の病院生活では、ベッドに寝ていること、車いすに座っていることが多かったと思われる。痩せて浮き出た背骨や腰、仙骨がベッドや車いすに擦れて、痛みを感じているかもしれない。

東京から関西までの短い新幹線の旅だが、その間に少しでもケアできればと考え、髙橋看護師は救護バッグの中にマルチグローブを詰め込んだ。

ツアーナース
東京から滋賀県へ無事到着し、娘さんのもとへ向かう(写真はケアミックス提供)

また失語症であることも重要なポイントだ。ツアーの当日、初めて会った看護師と、短いとはいえ新幹線の多目的室という密室で2人きりになる。世間話でもできれば気も紛れるが、失語症ではそれも難しい。もし、状況が許すようであれば、フットケアマッサージを施すことで、多少なりとも癒やしの時間、リラックスの時間を提供できるに違いない。

ただ、中島さんの人となりや当日の気分までは、直接会うまで、知ることはできない。もしかしたら初対面の人間からマッサージを受けることに、不安や嫌悪感を覚える方かもしれない。でも、喜んでもらえる可能性もある。髙橋看護師は準備だけでもと思い、マッサージに使うアロマオイルを荷物に忍ばせた。

「ツアーの前には、診療情報提供書と看護サマリーを隅から隅まで熟読します。これが快適なツアーの第一歩だと、考えています」(髙橋看護師)

結果的に、ツアーナース髙橋博美の準備したものは、全てプラスの効果を生んだ。

新幹線に乗り込むまでは、ぐったりと疲れた様子の中島さんも、滋賀県の病院に着く頃には、すっかり元気になっていた。中島さんは現在、移転先の病院にも慣れ、昼間はベッドの上で体を起こしていられるようになってきた。以前のような一人暮らしは難しいが、娘さんが会いに来る回数も増えて、安定した毎日を過ごしているという。

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末並 俊司 ライター

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すえなみ・しゅんじ / Shunji Suenami

福岡県生まれ。93年日本大学芸術学部を卒業後、テレビ番組制作会社に所属。09年からライターとして活動開始。両親の自宅介護をキッカケに介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)修了。現在、『週刊ポスト』を中心として取材・執筆を行っている。

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