前の晩から降り始めた雨は、日付がかわるとさらに激しさを増した。91歳の奥田源三さん(仮名)は、車の中から降りしきる大粒の雨を見つめていた。
「ここまで、来ることができたから、良しとします」
脳梗塞の後遺症で、口元にわずかにマヒの残る奥田さんは、途切れがちにそう言った。しかし言葉とは裏腹、表情には無念の影が浮かんでいた。
奥田さんのこれまでの人生
東京都中野区にお住まいの奥田源三さんは、10年前に奥さんと死に別れた。子供はいない。
現在91歳の奥田さんは、80代の後半まで自宅で一人暮らしだったが、脳梗塞で倒れてからは、右半身マヒの後遺症が残り、一人暮らしが難しくなった。2年程前から、軽い認知症の症状が出てきたこともあり、同区内の特別養護老人ホーム(特養)に暮らすようになった。
岐阜県出身の奥田さんは、東京に親戚はいない。親交のあった友人たちも皆亡くなったり、病気が悪化したりで会うこともできなくなった。今いる特養を終の住処とし、余生を送ることに不満はなかった。ただ、ひとつだけどうしてもやっておきたいことがあった。
「生きているうちに、妻が眠る岐阜のお墓に参っておきたい……」
無料会員登録はこちら
ログインはこちら