半身マヒの91歳男性、最期の墓参りで見せた"笑顔" 「死ぬ前に、どうしても一度、故郷に帰りたい」

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坂の多い市営墓地の、小高い丘の上に奥田家の墓はあった。ぎりぎりまで車を乗り入れても、直線で30メートルほどの距離がある。雨の中、佐々木看護師は先見隊として、墓の様子を偵察した。

広大な墓地内の道路にはアスファルトが敷設されているが、実際に墓石が建つ場所にはアスファルトはなく、土がむき出しになっている。よくて砂利敷きだ。雨のため、至る所に水たまりができており、足を取られそうな泥場も多い。また、通路は狭く、墓石が林立しているので、迷路のようなありさまだ。

見上げながら、奥田さんは言った。

「ここまで、来ることができたから、良しとします」

脳梗塞の後遺症で、口元にわずかにマヒの残る奥田さんは、途切れがちにそう言った。しかし言葉とは裏腹、表情には無念の影が浮かんでいた。

「そんな事おっしゃらずに、せっかくここまできたんだから、なんとかお墓参りをしましょう」

当然、佐々木看護師は、そう返した。しかし、奥田さんは小さく首を振った。

「これ以上、佐々木さんにご迷惑は、かけられません」

その言葉を聞いた瞬間、佐々木看護師の心に火がついた。

「大丈夫です。患者様の旅の目的をかなえるのが、私たちツアーナースの任務ですから」

佐々木看護師はいったん車に戻り、次のように提案した。

「私と飯田さん(ドライバー)で両側から車いすを抱えましょう。奥田さんは健側(不自由ではない側)の左手でタオルを持って、体が濡れないように工夫してください。大介さん(甥っ子)は前方から、上山さん(司法書士)は後方から傘を差してください。私は濡れても構わないので、なるべく奥田さんに雨がかからないようにしてください」

的確で無駄のない指示だった。

線香だけは雨で濡れてしまわないように

介護タクシーのリアハッチを開け、スロープを降ろして、車いすを降車させる。跳ね上げたリアハッチが傘の代わりとなってくれるが、横からの雨は防げない。上山さんと大介さんが傘を差し掛けて、なんとか雨を防ぐ。

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