髙橋看護師は、リクライニング状態の車いすの脇に膝を付き、右手のマルチグローブを背中の下に、左手のマルチグローブを、お尻の下にゆっくりと差し込んで、少し持ち上げるようにしながら、体にかかる圧力を分散させた。
失語症のため、中島さんが言葉を発することはないが、目の動きや表情の変化などから、心身のストレスが軽減されていることがわかった。
ツアー中のフットケア
髙橋看護師の真骨頂はここからだ。
「中島さん、足のマッサージをさせていただいていいですか」
床に対してほぼ並行だった車いすのリクライニングを少しだけ戻し、髙橋看護師が話しかけると、中島さんは不思議そうな顔で頷いた。
新幹線の多目的室は車いすと、人がもうひとり入ればそれだけでいっぱいだ。車いすを少しだけ後ろに引き、前の椅子に髙橋看護師は座った。中島さんのズボンの裾をたくし上げ、靴下をくるぶしまで下げて、アロマオイルを薄く伸ばした手のひらで包むようにマッサージする。
中島さんは目を閉じて、その感覚を味わった。窓の外には富士山の雄姿が広がっていた。
看護師歴35年以上の髙橋は、大学病院を皮切りに、町のクリニックや介護施設、訪問看護師など、様々なフィールドを経験してきた。ツアーナースもそのひとつだ。そんな髙橋看護師は、2022年、新たな挑戦としてケアビューティストの道を選んだ。現在、専門の学校に通いながら、腕を磨いている。
「介護美容」という言葉がある。人はいくつになっても、きれいでありたいと願うものだ。気持ちが沈みがちな高齢者でも、メイクやネイルアートを施すことで、気持ちが明るくなり、毎日の生活に張りが出る。
認知症、生活習慣病などの病を持つ高齢者でも同じだ。いや、医療や介護の世話になっている高齢者だからこそ、美容という新たな光を当てることで、その人の人生が再び輝き始める。ケアビューティストは、そうしたアプローチに特化した技術を持つ。
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