文恵さんが目を覚ましたのは、手術後の病室だった。
「私、北海道生まれなんです。目が覚めたら、北海道からも親戚たちが集まってくれていました」
もしかしたら、最悪の結果になるかもしれない──。そんな不安があったのだろう、北海道から集まった親戚たちは、目を覚ました文恵さんの顔を見て安堵のため息をついた。
日本に比べて負担の大きいスペインの医療事情
手術からしばらくして、文恵さんの体調も安定してきたので、まずはイエズスさんがオルメドに戻った。文恵さんはその後も日本で子供と暮らしながら療養し、3年が経ったところで夫の待つオルメドに戻すことを決意した。
聖司さんの話。
「母の体調はその後ずっと安定していたのですが、2023年の2月にオルメドで大動脈の再乖離が起きました」
朝、目が覚めてトイレに行った後に、突然床が抜けたように、ガクンと視界が下がった。足に力が入らず、その場に崩れ落ちるように膝をついたのだった。文恵さんは慌てて夫の名を呼んだ。妻のただ事でない様子に、イエズスさんはすぐに救急車を呼んだ。
「オルメドは本当に小さな町です。救急車で隣町の大きな病院に運ばれて、診察を受けました」(文恵さん)
病状について、次のように説明されたという。
「簡単に言うと、大動脈の再乖離です。過去に大きな手術もしているようなので、これ以上手術することができない。下半身マヒも起きていて動けるようになるかはわからない、と」
聖司さんはそう語るが、どことなく歯切れが悪い。理由はスペインの医療体制にあるようだ。
「スペインの病院は日本と同じように、大きく分けて公立と私立とがあります。母が救急車で運ばれたのは公立病院でした。私立病院の医療費は全額自己負担なのですが、公立病院は無料で治療を受けることができます。無料なのは高齢の両親にはとてもありがたいのですが、日本のように医師からの詳細な説明はなかったようで、母の体に何が起こっているのか、なぜ下半身マヒとなってしまったのかは、実はよくわからないんです。お金の面を考えると私立病院に転院させることもできませんでした」(聖司さん)
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