参加は任意でしたが、獣医師を目指すぼくたちに、「最大の陸上動物の解剖」を経験させようという意図も先生にはあったのだと思います。
身近でたくさん飼われているイヌやネコならいざ知らず、アフリカゾウの解剖ともなると、獣医師でもなかなかできない貴重な体験です。学生ならばなおさら。ぼくたちは期待に胸を膨くらませていました。
そして膨らんでいたのは、アフリカゾウも同じでした。
飼育場はブルーシートで簡単な仕切りが設けられ、亡くなったアフリカゾウはその中に安置されていました。
通常なら動物の遺体はバックヤードや解剖用の部屋に運ばれ、そこで解剖されます。しかし、あまりの巨体ゆえに重機を使ってさえも移動が困難だったため、死亡したその場で解剖を行うことになったのです。
アフリカゾウのスケール感に圧倒
横たえられたアフリカゾウを、先生と学生、そして動物園のスタッフ総勢十数名で取り囲みます。
当時、大型の動物では600キログラム程度のホルスタイン(牛)しか解剖経験がなかったため(それでも十分な大きさですが)、その10倍近い体重のアフリカゾウのスケール感には圧倒されました。
サイズがサイズですから事故に注意し、お互いに声を掛け合い、リーダーである先生の指示に従って作業を開始します。
体長およそ7メートル、その存在感に気圧されつつも、重機で四肢を持ち上げてもらいながら、ほかの動物を病理解剖するときと同じ手順でまずは開腹していきました。
四肢の外傷が死因でしたので、内臓に異常は観察できません。
ただ、目の前に現れたアフリカゾウの消化管はパンパンに膨らんでいます。まるで、子ども向けの屋外イベントなどで見かける大型のエアー遊具のようです。
「……取りあえず、これを外に引っ張り出さないと」
先生に意気込みを買われて、幸か不幸かぼくが臓器の摘出係となっていました。役目を果たさなければ。
ところが、目の前にある消化管をつかむことができません。弾力のある消化管は粘った血液にまみれており、指から逃げるようにすり抜けます。
同時に、鼻をつく強い臭気が立ちこめ、喉が詰まって思わずえずきました。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら