死んだアフリカ象の腸に潜った獣医が「見たもの」 体長7メートル、臓器もスケールが全然違った

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四苦八苦しながらようやくお腹の臓器を手繰り出せたところで、お次は肺の摘出。ゾウはほかの哺乳類とちがって肺と胸壁がゆるくくっついているため、通常ならするりと容易に取り出せるはずの肺の剥離にも骨が折れます。

洞窟のような大きな胸腔に「えいやっ」と全身を潜もぐり込ませ、巨大な肺と胸壁の間に向けてひたすら解剖刀を振るっていきます。

この頃になると、鼻はもう臭気に慣れてしまい何も感じなくなっていました。人間の体とはよくできているものです。

ズボンも気づけば血まみれに

病理解剖の作法として上下の解剖着を着用してはいましたが、終盤には全身がゾウの体液に染まっていました。うっかり解剖着の下にはいていたお気に入りのズボンも、ふと気づけば血まみれです。

死んだ動物の体の中で起こっていたこと
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着替えを持ってきていなかったので夜はそのまま現地のホテルにチェックインしましたが、フロントで見とがめられてつまみ出されるのではないかとひやひやしたものです。

そのような苦労のかいもあり、亡くなったアフリカゾウからはその後、骨格をはじめ全身のあらゆる組織の標本が作製されました。

正常な組織の標本は、後に生きるアフリカゾウの病気を解明するための貴重なツールとなります。

臭気がとにかくつらく、格闘に次ぐ格闘で、さらに翌日には全身の筋肉痛で苦しめられることになりましたが、このとき強烈な体験とともに知識と技術を授けてくれたアフリカゾウのことを、ぼくは今でも時々思い出して感謝しています。

解剖着の下にはお気に入りの服を着てはいけないという教訓とともに。

中村 進一 獣医師、獣医病理学専門家

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なかむらしんいち / Shinichi Nakamura

1982年生まれ。大阪府出身。岡山理科大学獣医学部獣医学科講師。獣医師、博士(獣医学)、獣医病理学専門家、毒性病理学専門家。麻布大学獣医学部卒業、同大学院博士課程修了。京都市役所、株式会社栄養・病理学研究所を経て、2022年4月より現職。イカやヒトデからアフリカゾウまで、依頼があればどんな動物でも病理解剖、病理診断している。著書に『獣医病理学者が語る 動物のからだと病気』(緑書房,2022)。

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