したがって、「配当比率を上昇させる」という目的が達成できたとはいえない。そもそも、これまで企業が海外移転を選んだのは、生産コストが国内より低いからだ。
したがって、利益の運用としても、日本での投資より海外での投資のほうが有利と考えるだろう。この判断が税制によって変わるとは思えない。だから、09年の税制改正が配当性向に影響を与えなかったとしても、それは当然のことである。直接的な結果は、日本での税収が減ったことだけだ。
経済的な効果としては、むしろ海外移転を促進したことになる。私は、海外移転そのものは望ましいと思っているのだが、税の歪みによってそれが促進されるのは望ましくない。本来あるべき税制を歪めて政策的に利益の国内還流増加を狙ったが、それは実現せず、単に海外移転を促進するだけの結果になったのだ。
間接的な効果まで考慮に入れれば、深刻な空洞化が発生する危険がある。その理由は次のとおりだ。国内で研究開発された製品を海外で生産することは、利益を国内から海外に移転させる行為と解釈できる。これに対処するために、「移転価格税制」が存在する。
これによれば、「親会社が海外子会社からロイヤルティをもっと取れ」という指導を税務当局がすることになる。税務当局が移転価格税制を厳しく適用するようになれば、企業は研究開発活動をも海外に移転させる可能性がある。そうなれば、国内の空洞化は、単に単純労働的生産活動にととまらず、頭脳集約的な活動にも及ぶことになる。それは、日本経済にとって深刻な問題をもたらすことになるだろう。
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授■1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省。72年米イェール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書は『金融危機の本質は何か』、『「超」整理法』、『1940体制』など多数。(写真:尾形文繁)
(週刊東洋経済2011年7月9日号)
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