今のニュースメディアに欠けている機能とは何か 「情報を提供するだけ」では未来はない

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柳瀬メディアの歴史は、”テクノロジーが先”で、”コンテンツが後”なんですよね。この順番がひっくり返ることは絶対にない。

ラジオ受信機とラジオ放送技術ができてラジオ放送が生まれた。テレビも同じ。テレビというメディアは、テレビの放送技術と受像機が登場してから今日まで、今に至るまで本質的にほとんど技術的構造が変わっていません。一方、インターネット上のメディアの場合、特に2007年(日本では2008年)にiPhoneが登場して以降は、ハードウェアも伝える技術もどんどん進化する。その進化のスピードにメディアコンテンツのほうが広告も含め、全然追いつけていない。

だからオールドメディアで仕事をしている当事者は混乱するし、新しいテクノロジーにあったコンテンツをつくれないからクオリティも落ちる。広告が典型で、インターネット上に表れる広告は見る側からすると障害でしかない。テレビコマーシャルなどと比較にならないほど鬱陶しい。皮肉にもかつてのテレビコマーシャルがよくできていたことを思い出します。

アテンションエコノミーに翻弄されるメディア

校條:いわゆるアテンションエコノミー(関心経済、注目経済)というものがメディア全体を覆っているように感じます。アテンションエコノミーは現在のメディア状況のキーワードのひとつだと思います。あちこちのコンテンツからコピペをして作っているコタツ記事とか、思わせぶりの釣り見出しとか、目に余るものがあります。

柳瀬 博一(やなせ ひろいち)/東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授(メディア論) 慶應義塾大学経済学部卒。日経マグロウヒル社(現日経BP社)入社後、日経ビジネス記者 、新雑誌開発、出版局立ち上げと書籍編集、日経ビジネスオンライン(現日経ビジネス電子版)開発に携わった後、現職。著書に『カワセミ都市トーキョー』『親父の納棺』『国 道16号線』。共著に『混ぜる教育』『「奇跡の自然」の守りかた』『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』など(撮影:坪田知己)

柳瀬そうなんですよ。1回も取材していない、場合によると噂だけで書いてしまう記事でもアクセスが多く集まりPV(ページビュー)を稼げる。そういう記事のほうがコストをかけずに続けることができる。メディアサイドもそっちに収斂しちゃうわけですよね。

坪田:PVを稼げるコタツ記事は、無料のメディアの世界の話。日経のようにお金を払っている人たちを惹きつけるコンテンツをどうやってつくるかという戦略と、無料の世界でどうやってマネタイズするかは、まったく違うと思うんですよね。

校條:有料メディアであっても、X(ツイッター)やニュースレターで随時新しい記事のアピールをしています。特に日経電子版や朝日新聞デジタルは、かなりたくさんの種類のニュースレターを出しています。もちろん、それらはコタツ記事などとは違うまっとうなものですが。

また、XなどのSNS上では、一般個人が有料・無料のメディアの記事を紹介していて記事への入り口になっています。コタツ記事からそれらまで含めたトータルがアテンションエコノミーを形成していると言えるのではないでしょうか。

松井:坪田さんの言われる行動選択のための情報に対して、コタツ記事は明らかにエンタメなんですね。暇つぶしです。スマホを持っている人にはものすごく暇つぶしの機会があるわけで、電車を待つちょっとの間に、コタツ記事の方がアテンションが高いのでつい読んでしまう。しかもSNSの発達で、個人が求める楽しみの情報も行動選択の情報も、自分の知り合いの投稿からやって来ることが多くなってきています。

柳瀬エンタメ業界が参考になるかもしれない。NetflixやAmazonプライムなどのサブスク消費が伸びると、映画館での興行収入が減るのではないか、とささやかれていた時期があります。

しかし、うまく仕掛けると興行収入が大きく増える場合がある。2020年10月公開の『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』の史上最高のヒットは、サブスクのお陰でしょう。多くの人たちがNetflixやテレビ放映などを通じてこのシリーズを見ており、すでに「予習」が終わっている。その盛り上がった状態で映画が公開されるわけなのでウワッと観客が集まる。すごい仕掛けです。

とりわけ漫画原作のアニメと映画ではこの方程式が確立しました。サブスクで消費したお客さんの一部はそこにとどまらず、リアルな世界でさらにリッチな消費をしてくれる。僕はこの流れがニュースメディアにとってもすごく参考になるんじゃないかなと感じています。

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