角田:そうですね。たしかに時代は変わりました。女性たちは誰に頼らなくても自分で働いて生きていくことができます。身分の差もそれほどありません。この男は嫌だ、あの男も嫌だと思ったら、死ぬでも出家するでもなく、もっといろいろな道があります。
さて、そういう時代になったからといって、『源氏物語』のテーマである「世」=「社会」「身」=「身体」から逃げおおせたのかというと、そうじゃないと思うんですよね。この世に生まれて生きることにはやっぱり不自由な苦しみがついてまわる。『源氏物語』という大きな物語が訴えかけてくるのはそのことです。
それは女性だから男性だからということではない。だからこそ姫君たちに対して、「男性に頼るしかない社会だったから、あなたは苦しかったのね」というふうにはならない。今の私たちの苦しみとつながるところがあるように思います。
光源氏「名前は光、心は闇」
山本:女性だけでなく男性も、「世」や「身」に縛られているんですよね。光源氏は幼くして母親を亡くしたという心の空洞が埋まらなくて、いつまでも自分の身の上に馴染んでくれない「心」に翻弄されている。薫だってそうです。時代や境遇、価値観が変わっても、現実というものが目の前に立ちはだかっているということは、誰もがみなそうなんですよね。
角田:ぜひアメリカでも読んでほしいですよね。
山本:ええ。実はゴードン先生の質問に私はこう答えたんです。「光源氏は光り輝くパーフェクトな人物にみえるので〈ピカピカくん〉という渾名がついています。けれども実際には、幼くして母に死なれ、一番好きな女性とも結ばれず、天皇にもなれず、いつも心は真っ暗闇。ですから、この合言葉をハーバードではやらせてください。〈光源氏。名前は光、心は闇〉」。
私はギャグのつもりで言ったのですけれども、うまく伝わったかどうか。今日ようやく、角田さんのお話とつながった気がします。すごくうれしいです。
角田:こちらこそ、今日はありがとうございました。
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