なぜ紫式部は光君を「闇抱える男」として描いたか 源氏物語が普遍的に問う「生きることの苦しみ」

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角田:そうですね。たしかに時代は変わりました。女性たちは誰に頼らなくても自分で働いて生きていくことができます。身分の差もそれほどありません。この男は嫌だ、あの男も嫌だと思ったら、死ぬでも出家するでもなく、もっといろいろな道があります。

さて、そういう時代になったからといって、『源氏物語』のテーマである「世」=「社会」「身」=「身体」から逃げおおせたのかというと、そうじゃないと思うんですよね。この世に生まれて生きることにはやっぱり不自由な苦しみがついてまわる。『源氏物語』という大きな物語が訴えかけてくるのはそのことです。

それは女性だから男性だからということではない。だからこそ姫君たちに対して、「男性に頼るしかない社会だったから、あなたは苦しかったのね」というふうにはならない。今の私たちの苦しみとつながるところがあるように思います。

光源氏「名前は光、心は闇」

源氏物語 1 (河出文庫 か 10-6)
『源氏物語 1 』(河出書房新社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

山本:女性だけでなく男性も、「世」や「身」に縛られているんですよね。光源氏は幼くして母親を亡くしたという心の空洞が埋まらなくて、いつまでも自分の身の上に馴染んでくれない「心」に翻弄されている。薫だってそうです。時代や境遇、価値観が変わっても、現実というものが目の前に立ちはだかっているということは、誰もがみなそうなんですよね。

角田:ぜひアメリカでも読んでほしいですよね。

山本:ええ。実はゴードン先生の質問に私はこう答えたんです。「光源氏は光り輝くパーフェクトな人物にみえるので〈ピカピカくん〉という渾名がついています。けれども実際には、幼くして母に死なれ、一番好きな女性とも結ばれず、天皇にもなれず、いつも心は真っ暗闇。ですから、この合言葉をハーバードではやらせてください。〈光源氏。名前は光、心は闇〉」。

私はギャグのつもりで言ったのですけれども、うまく伝わったかどうか。今日ようやく、角田さんのお話とつながった気がします。すごくうれしいです。

角田:こちらこそ、今日はありがとうございました。

角田 光代 小説家

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かくた みつよ / Kakuta Mitsuyo

1967年生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著書に『対岸の彼女』(直木賞)、『八日目の蝉』(中央公論文芸賞)など。『源氏物語』の現代語訳で読売文学賞受賞。

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山本 淳子 平安文学研究者

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やまもと じゅんこ / Yamamoto Junko

1960年、金沢市生まれ。平安文学研究者。京都大学文学部卒業。石川県立金沢辰巳丘高校教諭などを経て、99年、京都大学大学院人間・環境学研究科修了、博士号取得(人間・環境学)。現在、京都先端科学大学人文学部歴史文化学科教授。2007年、『源氏物語の時代』(朝日選書)で第29回サントリー学芸賞受賞。

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