なぜ紫式部は光君を「闇抱える男」として描いたか 源氏物語が普遍的に問う「生きることの苦しみ」

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角田:じつは私、訳を始めたときに夢を見ました。

翻訳作業がこのままでは間に合わないというときに、ひとりで自主的に缶詰になって、1カ月ほど1日16時間ずっと翻訳をするということを、5年のうちに数回やっていたんです。そのいちばん最初の缶詰のときに、空蝉の夢を見ました。私が空蝉になったんじゃなくて、空蝉の気持ちの夢だったんですよね。

「気持ちの夢」っておかしいかもしれませんが、でも夢のなかで「これから自分にどんなにすばらしいことが起きても、私のこの身分じゃなんにもならないよ!」と思う夢でした。「なんにもならないよ!」という気持ちで目覚めて、ああ、これか、と思ったんですよね。

身分って今もあるんでしょうけど、当時に比べたら私たちは意識することなく暮らしていけるので、非常にわかりづらい。でも夢のなかで、光君に想いをかけられても全然おもしろくない、想いに応えたとしてもいいことなんかひとつもないという気持ちになった。

目覚めてすぐにメモをとりました。山本先生のお話を聞いて、たぶん私は「世」と「身」を体感したんだと思いました。その体感があって『源氏物語』に入っていけた気がしたので、ちょっとほっとしました。

男性優位を肯定する物語ではない

山本:研究者として本当にうれしいです。たぶん角田さんは紫式部と同じ精神的経験をなさったのだと思います。

紫式部が一度人生に絶望して、「私のこの身の上だったら、なんの意味もないわ」と思ったことが『源氏物語』の中にあって、そこから角田さんに乗り移った。古代では、夢になにかが現れるというのは、夢を見ている人の精神状態じゃなくて、現れる人が現れたくて現れていると解釈します。だから紫式部が現れたくて角田さんの頭のなかに入ってきたということだと思いますよ。

角田:なんてありがたい解釈!

山本:「空蝉」ということは、まだ初期の段階ですね。きっと紫式部は角田さんに「あなたが訳して。あなたに『源氏物語』を託すわ」と言いにきたのでしょう。

角田:ありがとうございます。泣きそうです。

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