スタバが世界的企業になれた、たった1つの"秘訣" 企業理念を貫き通す「純粋主義」は危険だ

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すでに私たちが確認したように、スタバにおいても同じような「誤ったこだわり」への傾倒があった。シュルツがスタバを一度退社し、自身のカフェである「イル・ジョルナーレ」を立ち上げたときのことである。彼は本場イタリアのカフェをアメリカに作りたいと願い、店内でオペラを流したり、イタリアのスタイルに合わせて立ち飲みだけの店を作った。

しかし、それがことごとく顧客に不評だったのである。オペラはBGMとしては耳触りがよくないし、座ってコーヒーを飲みたい客もいる。いわば、シュルツは「誤った純粋主義」が引き起こす問題を、スタバの経営に本格的に乗り出すよりも前に体得していたのである。そこでの経験がフラペチーノへと活かされていったのである。

加えて、我々の連載に照らし合わせて考えるならば、そうした「顧客主義」へシフトするときに生まれたのが、「矛盾」だということになろう。創業の「理念」を重視していると標榜しつつも、その経営判断においては、「消費者目線」に立ってその理念とは相入れない判断も下していくところにスタバの「矛盾」は存在しているのである。

このように考えると、シュルツは表向きは「コーヒーへの情熱」を語る熱い理想家でありつつも、同時に経営判断においては冷静なマーケターであるという側面を持っていることがわかるだろう。その2つのシュルツの顔が、スタバをグローバルチェーンへと仕立て上げた。

「純粋主義」対「顧客主義」はどこにでも起こりうる問題だ

『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きで走ったのか?』で書かれている話は、もしかするとテーマパークという巨大な場所に対する話で、遠い世界のことだと感じる人もいるかもしれない。実際、そこで動いている資本は、森岡が「スズメの涙」というときでも何十億円という額であり、私たちの金銭感覚からは大きく遊離した話のようにも思える。

しかし、ここで書かれている話を「純粋主義」対「顧客主義」の話として捉えると、それはテーマパークビジネスのような巨大なものでなくても、ミクロなレベルまで我々の生活の至る所で発生している問題なのだということがわかる。その顕著な例がスタバに見られるのである。

つまり、こうした問題は企業が新製品を取り入れる際にどのような選択をとるのか、という問題に接続することができるのだ。ビジネスパーソンの身近な場所にある問題と、その根は同じなのだ。

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「うちの会社は、対面での販売を大切にしてきた会社だ。ネット通販を強化すると、うちの良さが損なわれるのではないか?」

「うちの会社は、お手頃の価格帯の商品が売りだった。今さら高価格帯の商品を販売しても新しい顧客を獲得できるかわからないし、もともといる顧客にそっぽを向かれるだけではないか?」

「うちの会社は、紙の書籍を何十年も手掛けてきた会社だ。WEBメディアに注力してしまうと、これまで紙で培ったブランド力や精神性が失われるのではないか?」

……などなど、事例を考えればいくらでも思い浮かぶ。そして、そのどれにも「その程度で損なわれるブランド力だったのか?」とか「そもそも消費者は、どの製品がどの会社の商品を知らない場合も多いのではないか?」といった、ツッコミを入れたくなるはずだ。

しかし、いざ「自分の会社の話」となると、われわれは「誤った純粋主義」「誤ったこだわり」の奴隷になってしまうのである。

さて、今回は番外編として、これまで私がスタバについて語ってきたことが、どのようにマーケティングの話に接続できうるのか、ということについて見てきた。スタバが歩んできた道のりには、マーケティングについての多くの示唆が眠っているのだ。

谷頭 和希 チェーンストア研究家・ライター

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たにがしら・かずき / Kazuki Tanigashira

チェーンストア研究家・ライター。1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業、早稲田大学教育学術院国語教育専攻修士課程修了。「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。著作に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』 (集英社新書)、『ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』(青弓社)がある。テレビ・動画出演は『ABEMA Prime』『めざまし8』など。

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