「中国思想」は日本にどこまで受容されているのか 「礼」の本質は「かのように」振る舞うということ

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中野 剛志(なかの たけし)/評論家。1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『小林秀雄の政治学』(文春新書)などがある(撮影:尾形文繁)

中野:施さんに反論するわけではないですが、西洋がわれわれの伝統から遠いのは確かですね。でも、中国思想がそれより近いかっていうと、私は等距離だと感じています。西洋思想にも共和主義があるし、ヒューム的な社会科学も孔子の「礼」の思想に似ていると私は解釈しています。一方で、知識人の存在が幅を利かせる国かどうかについて言えば、先ほど議論したように、中国と日本は全然違うと思います。

日本の儒学を学んだ人たちが西洋思想を受け入れたのは、儒学と西洋思想が等距離だったからかもしれません。

中国や朝鮮はより儒教に傾いていたのでかえって西洋の近代思想を受け入れられなかったという可能性がある。日本がいろんなものを咀嚼してきたのは、儒教をマスターしていたからではなく、どの舶来思想も、儒教と同じくらいの距離として見ていたからかもしれません。

だから、日本はアジアの一員だと言っているけど、実際にはアジアの一員でも西洋の一員でもない。私たちは変わった連中なんじゃないかと思っています。

中国思想を現実に応用する意義

:わかるんですが、私が言いたかったのは、日本には中国思想を勉強してきた長い歴史があって、明治以前から勉強してきたんです。だから、中国思想を長く勉強してきた蓄積が日本にはあるわけで、それによって明治維新以前とのつながりを知識人が取り戻せるかもしれません。知識人だけじゃなくてもいいんですけどね。こういう本がもっと出てくると、ちょっとスタンスが変わってくるんじゃないかと思っています。

中野:過去を安易に否定して恰好つける、という風潮は払拭できるかもしれませんね。

大場:お褒めいただきありがとうございます。日本における中国思想研究では、現実の社会分析に活かそうということが伝統的に少ない中で、こういう本を出せたことには意義を感じています。

佐藤:現実との接点を持たない思想は、生命力を失って形骸化するのがオチですからね。ぜひこうした本が増えてほしいところです。

中野:本日は大変勉強になりました。どうもありがとうございました。

「令和の新教養」研究会
「れいわのしんきょうよう」けんきゅうかい

この複雑で不安定な世界を正しく理解するためには、状況を多面的に観察し、幅広く議論し、そして通俗観念を批判することで、確かな思想を鍛え上げなければなりません。内外で議論の最先端となっている書籍や論文を基点として、これから世界で起きること、すでに起こっているにもかかわらず日本ではまだ認識が薄いテーマを、気鋭の論客が読み解き、議論する研究会です。コアメンバーは中野剛志(評論家)、佐藤健志(評論家、作家)、施光恒(九州大学大学院教授)、古川雄嗣(北海道教育大学旭川校准教授)の各氏。

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