「中国思想」は日本にどこまで受容されているのか 「礼」の本質は「かのように」振る舞うということ

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大場:はい。一番端的な例は、北宋の士大夫の社会です。そこでは、士大夫たちが科挙に合格して、みんな横並びで同じ教育レベルで自由に議論をするんです。みんなで「俺の考える最強」の注釈をつけて、自由闊達に儒教を議論する。そこから出てくる政策が北宋の中で積み重ねられていって、「太常因革礼」みたいなモデルが成立していく。士大夫に言論の場を与えたことで、さまざまな可能性が出てきたんです。

大場 一央(おおば かずお)/1979年、札幌市生まれ。早稲田大学教育学部教育学科教育学専修卒業。早稲田大学大学院文学研究科東洋哲学専攻博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。現在、早稲田大学、明治大学、国士舘大学などで非常勤講師を務める。専門は王陽明研究を中心とする中国近世思想、水戸学研究を中心とする日本近世思想。著書に『心即理―王陽明前期思想の研究』(汲古書院)、『近代日本の学術と陽明学』(共著、長久出版社)、『武器としての「中国思想」』(東洋経済新報社)などがある(写真:筆者提供)

それに対して「もっと統制すべきだ」と言っている新法党も、一君万民で均質化された言論空間の中で育まれていた。彼らもたとえば「通貨は瓦に墨で『これは金だ』って書けばいい」という自由な議論をポンポン入れている。これも自由で均質な環境で、経済的にも教養的にも信頼関係がある集団の中での議論ですね。

王安石の場合は、それをさらに国民全体に広げようとした新法改革です。中間層化した中国人民の中から豊かなものが出てくるだろうと。でも、これは政治で指示するものじゃなくて、社会を保全してやることで自然と生まれるんです。中間層の経済状況が良くなって、自然と新しいイノベーションが出てくれば、それは国富に転用できる。儒学者や儒教の中には、そういう意識が明確にあったと思いますね。

:なるほど、ありがとうございます。非常にわかりやすかったです。

歴史は思想の屍(しかばね)で築かれる

佐藤:中間層が分厚く、経済的に安定した社会なら、変法もうまくいく可能性が確かに高まるでしょう。ヨーロッパのルネサンスにしても、東方貿易による経済的発展が背景にあった。「人々を豊かにすることこそ、王道(偉大な政治)の始まり」と主張したのは孟子ですが、人間、生活にゆとりがあると、自由な発想をする余裕が生まれるんですね。ついでに社会が繁栄していれば、改革に伴うコストやリスクも受け入れやすい。

ところがここでも、自由と秩序のバランスの問題が出てくる。遅かれ早かれ、現在のシステムを全否定するような議論が持ち上がってくるんですよ。ヨーロッパでも、16世紀末あたりには「ルネサンスからの退却」と言われる思想統制が起こりました。コペルニクスとガリレオを比べると、自由に言論を展開できたのは90年ほど先に生まれたコペルニクスのほうで、ガリレオは異端審問にかけられています。

その意味で、後世に最も大きな禍根を残すシステムとは、じつは現実にうまく適応し、成功を収めたシステムではないのか。成功したからには、社会に与えた影響も大きい。けれども完璧なシステムなど存在しませんので、時代が経つにつれ、そのダークサイド、つまり弊害も大きくなる。そして最後には「あれはひどいシステムだった」と幻滅を引き起こすわけです。

近代日本がいい例でしょう。戦前の富国強兵路線は、ある段階まで見事に成功しました。明治維新から約50年で、わが国は世界の5大国の一員となったのです。けれども結局は敗戦に行き着き、その後はひたすら否定の対象。

戦後の日本的経営にしたって、非常に高く評価されたあと、「個人を企業に縛りつけるもの」と叩かれだした。歴史は結局、累々たる思想の屍(しかばね)によって築かれるものなのでしょう。

中野:中国とか朝鮮の儒教の文化について考えると、特に北宋の士大夫っていうのが気になりますね。

最近、中国の戦国時代を一国ずつ解説するドキュメンタリーを見たのですが、魏の国から知識人(士人)がいっぱい出てくるっていう描写があったんですよ。魏が学問の中心になって、いろんな士人が集まっていました。彼らは貴族でもなく、王侯貴族でもない、知識人階級で、諸子百家のようなものですよね。商鞅のように宰相になる人間も出てくる。でも、彼らには国への忠誠がなくて、自分の才能を一番買ってくれる人に忠誠を尽くすタイプでした。

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