「戦後コンセンサス」が再び注目される理由 台頭する右派と左派が見る「共通の夢」

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70年が過ぎた今日、1945年コンセンサスのほとんどはもはや消えうせてしまった。腐敗が始まったのは1980年代、レーガンとサッチャーの時代である。

新自由主義者が給付金制度にかかる費用と労働組合の既得権益にかみつき、市民はもっと自立的にならざるをえなくなると思われた。政府の福祉プログラムにより人々は軟弱で依存的になっていたからだ。サッチャーの有名な言葉に、「社会」というものなどありはしない、あるのは自分のことを自分でするべき家族と個人だけだ、というものがある。

「ソビエトモデル」とともに壊れたもの

しかし1945年コンセンサスがはるかに大きな打撃を受けたのは、20世紀に絶対権力を持っていたもう1つの大国であるソビエト帝国の崩壊を、すべての人が喜んだときだ。1989年、第2次大戦の負の遺産のように見られた東欧の隷属化はついに終わりを告げた。

しかしソビエトモデルとともに壊れたものはほかにも多い。社会民主主義は共産主義に対する解毒剤としての存在意義を失った。あらゆる左派的イデオロギー、実際には理想主義の色合いを持つものは皆、強制収容所的社会へまっしぐらの見当違いの空想的理想主義だと見なされてしまった。

新自由主義が一部の人々に莫大な富をもたらしたが、それは第2次大戦後に現れた平等性の理想を犠牲にしたものだ。トマ・ピケティの『21世紀の資本』が異常に受け入れられたのは、人々が左派の崩壊をいかに痛感しているかを示している。

近年、別のイデオロギーが現れて集団的理想に対する人々の要求に応えようとしている。右翼ポピュリズムの出現は、移民やマイノリティを排除する純粋な国家共産主義に対するあこがれが再び強まってきている様を反映している。

こうした警告にノスタルジアで応えることはできない。単純に過去に戻ればいいわけではないのである。しかし、社会的・経済的な平等性に対する新たな願望と国際関係の安定への要求は非常に強い。それが1945年コンセンサスと同じであるとはいえないが、この記念の年に、この理想が生まれたそもそもの理由について思いを馳せてみてはどうだろうか。

週刊東洋経済2015年5月30日号

イアン・ブルマ 米バード大学教授、ジャーナリスト

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Ian Buruma

1951年オランダ生まれ。1970~1975年にライデン大学で中国文学を、1975~1977年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。

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