最も重要なのは「会話はキャッチボール」。同僚から「話を聞いているのかわからない」と言われてからは「ちゃんと聞いているのに」と思いつつも、「そうですね」「わかります」「ですよねー」といった相づちを心がけている。飲食店では率先してメニューを開いて注文を取りまとめる。職場では「何かお手伝いすることはありますか」と言って気を配る。
「すべては定型の人たちの真似。パターン化です」
本から知識を得ることも多いといい、電子書籍端末「Kindle」の購入履歴には『アスペルガーのための会話術』『もしかしてアスペルガー!?』といったタイトルが並ぶ。
ケンイチさんは「すべては定型の人たちの真似。パターン化です」とにこやかに語る。一方で「自分が周囲になじめないのは、社会のせいではなく自責だと考えるようにしてきました。あがいてあがいて、泥沼の中をはいずり回るような毎日です」と言い、同化の道のりは決して平たんではなかったようだ。
ケンイチさんが努力する理由は、周囲ともめることなく仕事をしたいからだという。しかし、残念ながらそれは簡単にはいかないようだ。
大手自動車メーカーでエンジニアとして10年ほど勤めた後、複数の国内外の自動車メーカーを渡り歩いた。退社やリストラの原因は人間関係のトラブルであることが多い。現在の合同会社は自動車部品の設計を手がけているが、それもコロナ禍で再就職先が見つからない中、やむを得ず起業したものだという。
ケンイチさんによると、仕事では「特定の性格の人」とよくトラブルになる。特定の性格とは「頭がよくなくて仕事ができないのに、イエスマンで出世だけは早い人」。カテゴリーとしては、定型発達に属する人たちである。
一度決まったアイデアを上層部の意向だからという理由で翻意する上司、ケンイチさんが優れた実験結果を出したのに「お前ごときにこんな成績が残せるわけがない」とののしってくる上司、設計の実績もないのに執拗にダメ出しをしてくる同僚――。ケンイチさんが反論しようものなら「あいつは反抗的」「うそつき」といったレッテルをはられるという。
話を聞く限り、会社員時代のエピソードはすべてケンイチさんが全面的に正しいものばかりだった。パワハラは100%加害者が悪い。ただ人間関係がこじれるときは、何かしらきっかけがあるものだ。その点をケンイチさんに尋ねると、そこはわからないのだという。
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