小学生のころ、親から「出ていけ!」と叱られ、本当に家から出ていったことがある。衝動的に飛び出したのではなく、ただ命令に従ったつもりだったという。当たり前だが、すぐに見つかって「なんで家出なんてするんだ」とさらに怒られた。学生時代にいわゆるブラックバイト先の店長から「やる気がないなら帰れ!」と怒鳴られ、帰り支度を始めたときも「なに帰ろうとしてんだ。それくらいの気持ちで働けって意味だ!」とキレられた。
「定型の人はなぜうそをつくのか」
こうした経験から得た“教訓”は「定型発達の人の言葉を額面どおりに受け止めてはいけない」。定型発達とは発達障害ではない人のこと。「定型の人はなぜうそをつくのか。本気じゃないなら言わなきゃいいのに」とケンイチさんは首をかしげる。
バイト先の店長はともかく、親が家出を叱責したのは心配や愛情の表れでもあったのではないか。私がそう尋ねると、「そういう発想はなかったです」と返された。
学校の成績はトップクラス。大学では機械工学を専攻した。ただ依然として周囲との壁は感じていた。思い切って知り合いに「僕、なんか悪いところある?」と聞いてみた。すると「自分の興味のある話題になると、一方的にしゃべり続けるところがあるよね。こっちはちょっとびっくりする」と指摘された。
卒業後は大手自動車メーカーに就職した。そのころ男女10人ほどでキャンプに行ったときのこと。それぞれが火起こしやバーベキューの準備をする中、ケンイチさんだけは何もせずグリルの前に座っていた。すると友人の1人から「自分で考えて動いてよ」と注意された。
ケンイチさんは友人らの指摘をどう受けとめたのか。
「話がおもしろくないなら、そのときに言ってくれればいいのにって思いました。私だったら『その話、興味ないよ』と言いますね。それで嫌な気持ちになったりはしません」
キャンプ場での出来事については「周囲を見てもやることがなかったから座っていたんです。それが定型からはさぼっていると見えちゃう。働いてるアピールをしないといけないんだなと思いました」。
定型発達からは発達障害のある人は「変わった人」に見えるかもしれないが、発達障害からすると定型発達こそ「変わった人」というわけだ。定型発達の“常識”に違和感を抱きながらも、ケンイチさんは友人からの指摘や自身の失敗体験を基に、定型発達が多数を占める社会に“同化”するための努力を重ねた。
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