「死にゆく姿をわが子に」乳がん末期34歳母の決意 最後は自宅で過ごす、その選択にある背景とは

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腹水が溜まって、歩くのもやっとという状態だったのですが、自分が終末期とは知らない達郎さんは、病院で腹水を抜いては、体にむちを打って必死で会社に行こうとします。

あるとき達郎さんに「仕事に行くのがつらくないですか?」と聞きました。すると達郎さんは、きっぱりとこう言いました。

「頑張って働いてお金を貯めて、元気になったら苦労をかけてきた妻を海外旅行に連れていってあげたいんです」 

このとき達郎さんは、すでに余命が1〜2カ月という時期でした。家族が本人を気遣って、「もう治らない」という事実を言わないでおきたいと考える気持ちもわかります。

しかし、現実を知らないがために、「いつか妻と旅行に行けるときがくる」と信じ、体にむちを打って会社に行き続けて過ごすことが、本当に本人のためと言えるのでしょうか。もう残された時間は限られているというのに……。

頑張り続けようとする達郎さんを前に、言葉にならない葛藤を抱えているうちにも、症状はどんどん悪化します。達郎さんはついに、体を動かせなくなるギリギリの段階まで会社に通い続け、その後入院。結局、近場の旅行さえ行けないままに亡くなってしまいました。

本人に余命宣告をしていなくても、人は最期が近づいてくると、自分の状態について察するものです。最期が迫った現実を前に、達郎さんは「もう旅行に行くことはできないんだ」と静かに悟ったと思いますし、「もっと早く知りたかった」と思ったかもしれません。

私は達郎さんの気持ちを思うと、無念で仕方がありませんでした。それから20年以上が経った今でも、思い出すと涙がこぼれるくらい、私にとって悲しい最期で、“知らないことのデメリット”を強く感じた原体験でもあります。

夫と母親は本人に病状を伝えず…

もう1人、印象深い患者さんのエピソードがあります。末期の乳がん患者だった井上陽子さん(仮名・34歳)。6歳と4歳の幼い2人の子どもを持つ母親でもありました。

治療を続けるなかで陽子さんを支えていたのは、夫と母親です。2人は陽子さんを傷つけないようにと病状を本人に伝えずにいました。しかし、本人の気持ちや性格を思いやって、家族が良かれと思って事実を伏せることが、必ずしも本人のためになるとは限らないのです。

例えば、症状が進行していくなかで、事実を伏せているがゆえに、家族間のコミュニケーションが取りづらくなる場面が出てきます。隠し事があることで、どうしても家族間の会話が少なくなったり、一緒に過ごす時間が減ったりすることがあるのです。

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