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「社員の7割が障がい者」チョーク会社の誕生経緯 24時間テレビでドラマ化される日本理化学工業

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  • 坂本 光司 経営学者、人を大切にする経営学会会長
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社長である大山泰弘さん(当時は専務)は悩みに悩んだといいます。その子たちを雇うのであれば、その一生を幸せにしてあげないといけない。しかし、はたして今のこの会社に、それだけのことができるかどうか……。そう考えると自信がなかったのです。

結局、「お気持ちはわかりますが、うちでは無理です。申し訳ございませんが……」。しかしその先生はあきらめず、またやって来ます。また断ります。またやって来ます。

それでも断ります。3回目の訪問のとき、大山さんを悩ませ、苦しませていることに、その先生も耐えられなくなったのでしょう、ついにあきらめたそうです。しかしそのとき、「せめてお願いを1つだけ」ということで、こんな申し出をしたそうです。

「大山さん、もう採用してくれとはお願いしません。でも、就職が無理なら、せめてあの子たちに働く体験だけでもさせてくれませんか? そうでないとこの子たちは、働く喜び、働く幸せを知らないまま施設で死ぬまで暮らすことになってしまいます。私たち健常者よりは、平均的にはるかに寿命が短いんです」

頭を地面にこすりつけるようにお願いしている先生の姿に、大山さんは心を打たれました。「1週間だけ」ということで、障がいのある2人の少女に就業体験をさせてあげることになったのです。

「私たちが面倒をみますから」

就業体験の話が決まると、喜んだのは子どもたちだけではありません。先生方はもちろん、保護者もたいそう喜びました。

会社は午前8時から午後5時まで。しかし、その子たちは雨の降る日も風の強い日も、毎日朝の7時に玄関に来ていたそうです。

お父さん、お母さん、さらには心配して先生までいっしょに送ってきました。親御さんたちは夕方の3時くらいになると「倒れていないか」「何か迷惑をかけていないか」と、遠くから見守っていたそうです。

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