米の移植用腎臓「健康なのに10%廃棄」の驚く原因 情報が少ない中で早合点する「模倣の罠」の怖さ

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格好は色鮮やかなぶかぶかのズボンに蝶ネクタイ。総勢20人で、いずれもプロのパントマイム役者だった。彼らは道路横断ルールを守った歩行者を身振り手振りでほめたたえ、守らなかった歩行者を笑いものにした。

また、混んでいる交差点のまわりをうろつき、バンパーが横断歩道にかかっている車を見かけると、運転手をあざけった。オートバイのライダーには、大げさなジェスチャーと白塗りにした顔の表情を交えながら、ヘルメットをかぶり車線からはみ出さないように注意した。

パントマイム役者たちは交通違反を公開ショーのネタにすることで、悪目立ちを避けたい人間の本能に働きかける。公の場での居心地の悪さは、人目に触れずに払う罰金よりも影響力があるのではないか、というのがモックスの考えだった。それは正しかった。

あざけりのスポットライトを浴びるか自分も観衆に入るかの二択を迫られたボゴタ市民は、大多数が後者を選んだ。ほどなくして、元交通警察の一部を「交通役者」として再訓練するプログラムが開始され、400人のパントマイム役者が生まれる大盛況となった。

「言葉もなく銃もなく、二重の意味で丸腰」とモックスが表現した彼らの武器は、社会的影響を利用して人々の危険な行動を変える能力にあった。パントマイム作戦はほかの交通安全対策との同時上演を経て、本当の奇跡を起こすことになる。ボゴタの交通事故死は、10年で50パーセント以上減ったのだ。

このように、個人の知識よりも社会の情報のほうが正しい場合には、模倣の罠にはまるのも悪くない。しかし残念ながら、そのようなケースは少ない。集団の行動を読みまちがうことは、嫌になるほど簡単だからだ。

腎臓廃棄の問題を解決する、シンプルな対策

腎臓廃棄の問題を思い返してみてほしい。何かいい解決法が思いつくだろうか?

信じられないかもしれないが、ごくシンプルな対策がある。あまりにもシンプルで誰からも見過ごされていたその対策は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者、ジャン・ジュエンジュエンによって発見された。それは、待機者が腎臓をパスしたら「なぜ」拒否するのかをかならず申告するというものだった。「国外旅行をする」「ひどい風邪を引いた」「適合度が低い」というふうに。

このわずかな追加情報があるだけで、待機者は現実にピントを合わせ、よりよい個人的判断をくだせるようになる。そして、健康な腎臓がこれ以上、集合的幻想の犠牲になるのを防ぐことができる。

この解決策は、腎臓の待機者リスト以外にも適用可能だ。「なぜ」を問うことは、あらゆる連鎖反応を免れる手軽な万能ツールになる。このシンプルな問いの力があれば、自分の知識を捨てて他者の意見に従うことがなくなる。むしろ、必要に応じて自分と他者の考え方を組み合わせ、よりよい情報を集めて最終的に決断をくだせるようになる。

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