米の移植用腎臓「健康なのに10%廃棄」の驚く原因 情報が少ない中で早合点する「模倣の罠」の怖さ

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「バハマ旅行が当たりました!」――思わず笑ってしまうぐらい皮肉な”朗報”だった。

体調を崩すまえなら、外出するのが楽しみだった。上の息子に野球やアメリカンフットボール、バスケットボールをよく教えていた。「仕事から帰るとすぐに2人で外に出ました。毎日、日が沈むまでずっと」。

しかし、下の息子には同じことをしてやれない。「その元気がないんです」とティムはアトランティック誌に語っている。「こんな思いをさせたくないのに。ときどき、嫌になります」。透析が始まってから、生活の質は「ぼろぼろ」だった。できることが少なくなり、ちょっと体を動かしただけでも疲れるようになっていた。

来る日も来る日も電話のかたわらで待ち、「来てください、ようやく移植できますよ」という連絡が入るのを願いつづけた。「電話が鳴るたび、今度こそ朗報が届いたんじゃないかって。毎回期待だけさせられて、気が滅入ります」

提供された腎臓の5個に1個は移植されずに廃棄

ティムのように腎臓を待ち望んでいる患者は、アメリカで年間10万人にのぼる。それに対し、ドナーの数は2万1000人あまり。腎臓移植を希望する患者の4人に1人は1年以内に亡くなっている。臓器移植全般では、状況はさらに悪い。平均して1日17人の移植希望者が亡くなり、9分ごとに待機者リストが1人ずつ増えているのだ。

これは古典的な需要と供給の問題に思えるかもしれない。しかし実際には、提供された腎臓の5個に1個は移植されずに廃棄されてしまっている。

なぜそんなことが起こるのか? 原因は、待機者リストの仕組みと、他者の選択についての推測にある。

アメリカでは、腎臓が提供されると適合性の評価をおこない、適合しそうな待機者のなかからリストへの登録順に従って連絡する仕組みになっている。最初の1人が断ると次の人に選択権が移るわけだが、その人はわずかな情報とわずかな時間のなかで承諾か拒否かを決めなければならない。

その腎臓は、すでに一度断られている腎臓だ。長いこと売りに出されている中古住宅に買い手がつきにくいのと同じく、腎臓が待機者リストのなかで長くリレーされていると、品質に疑問を持たれるようになる。

リストの20番目で待機しているところにまわってきたら、前の19人が正当な理由からその腎臓を拒否したと誰しも推測するだろう。このように繰り返し拒否されているという理由だけで、ドナーから提供された健康な腎臓の10%以上が廃棄されている。

待ちわびていた治療の機会を手放した人々が陥った状態を、私は「模倣の罠」と呼んでいる。自分より前の待機者は正当な理由からこの腎臓を拒否したのだろう、ならば自分も手を出さないほうがいい――情報が少ないなかで、そう早合点してしまうのだ。拒否の本当の理由は、移動手段の問題や適合度への不安があるなど、腎臓そのものとは関係ないとも知らずに。

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