米の移植用腎臓「健康なのに10%廃棄」の驚く原因 情報が少ない中で早合点する「模倣の罠」の怖さ

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今度は、同じ待合室で何人かと一緒にアンケートに答えているとしよう。あなたはにおいを感じて通気口の煙を見つけるが、ほかの人たちはあまり気にしている様子がない。顔の前で煙を振り払っている人はいるものの、せいぜいハエを追い払うような態度で、異状というほどのものは感じていないようだ。

4分後には煙で目が痛くなってくる。息がしづらくなり、咳も出はじめる。とうとう隣の人に話しかけ、煙が流れてこないのか尋ねるが、その人は肩をすくめただけでアンケートに戻ってしまう。「どうなってるんだ? 自分がおかしいのか?」とあなたは思うことだろう。

まさにこの実験が、1960年代に社会心理学者のジョン・ダーリーとビブ・ラタネによっておこなわれた。被験者になったのは、コロンビア大学の学生。1番目(単独)の条件下では、75パーセントが席を立って問題を知らせにいった。

一方、2番目(集団)の条件下での被験者は1人だけで、それ以外の人はあらかじめ煙に反応しないよう指示されていた調査協力者だった。その場合は、立ち上がって知らせにいった学生は38パーセントにとどまった。なぜだろうか?

多数派に屈することで、過ちを受け止めやすくなる

単純な答えとして、恥をかく不安からまわりに同調する傾向があげられる。役立たず扱いされバカにされるかもしれないと考えると、ストレスレベルが上昇し、それにより恐怖を司る脳の部位が活発化する。混乱して自信がなくなり、ストレスから解放されるために周囲の人間に従うことになる。

多数派の意見に屈することには、判断についての個人的責任をうやむやにし、過ちを受け止めやすくする効果もある。ある判断をしているのが自分だけだとわかると、孤立したように感じるうえ、個人的責任に尻込みしがちだ。他者と同じ行動をとるほうが気持ちは軽くなる。自分の行動が正しくても誤っていても、である。

1990年代後半には、コロンビアの首都ボゴタで、社会的羞恥への恐怖を公共の利益のために役立てる取り組みがおこなわれた。主導したのは市長で元数学教授のアンタナス・モックスだった。

モックスが市長に就任したころのボゴタは、交通事故による死亡率が国内最悪レベルで、犠牲者数は1991~1995年にかけて22パーセント上昇していた。歩行者による無理な道路横断の問題が大きく、1996~2000年にはコロンビア都市部における交通事故死の半数以上を歩行者が占めた。

モックスは市内の交通環境を「無秩序で危険だ」と感じた。交通警察の腐敗もその状況に拍車を掛けており、思い切った改革が必要だった。そこで、まずは悪徳警官を一掃。次いで彼らの代わりに街に送り込んだのは、パントマイム役者の一団だった。

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